わたし、BL声優になりました


「それは良かったですね」

「携帯返すよ。……なんか悪かったな」

「いえ、別に」

 緑川は少し、ばつが悪そうに視線を逸らしてゆらぎの携帯を差し出した。

 あっさりと携帯を返され、拍子抜けする。

 数時間前の苦労は何だったのか。

「もう、遅いし泊まって行けよ」

 視界に入ったデジタル時計は、午前三時を目前に迫っていた。

 翌日の収録は午前十時からの入りで、今から寮へ戻るにしても手段はタクシーのみだ。

 ならば、ここは素直に緑川の言葉に甘えた方が得策かもしれない。

「じゃあ、お言葉に甘えます」

「悪いけど、君はソファで寝て」

 ゆらぎに言い残し、まだ少しふらついた足取りで緑川は自室へと消えた。


 ──翌朝。

「おい。起きろ」

 眠っていたゆらぎの頭上に、緑川の不機嫌な声が落下する。

 ゆっくりと目蓋を開くと、案の定、仏頂面の緑川が彼女を見下ろしていた。

「……いま、何時ですか」

「八時」

 そうだ。
 昨日は結局、緑川さんの家に泊まったんだっけ。

 起き抜けの状態で、ぼんやりと昨日のことを反芻する。

 収録の初日から先輩に絡まれ、散々な一日だった。
 これが二週間も同じ現場で続くのかと思うと、今から気が重い。

 しかし、緑川はゆらぎの気持ちなど露知らずの余裕な素振りで、モーニングコーヒーを嗜んでいた。

 その姿さえも絵になるのが腹立たしい。

「君もコーヒー飲む?」

「……頂きます」

 キッチンから戻って来た緑川に、白いカップを渡され、受け取る。

 ブラックコーヒー特有の渋味の効いた香りが鼻腔をくすぐった。

「で、一つ聞いてもいいかな」

「なんですか?」

 猫舌のゆらぎが、コーヒーを冷ましていると、緑川の口から衝撃的な言葉を告げた。


「──君って、『女の子』だよね?」