「遅い。待ちくたびれた」
ドアが開き、姿を現すなり彼は、不満げな表現で開口一番に言い放った。
「仕事が長引いたんですよ」
赤坂は子供に言い聞かせるように、説明しながらも、慣れた様子で室内へと入って行く。
ゆらぎもその後へ続いた。
赤坂の手にはコンビニで購入した缶ビールや焼きスルメ等の晩酌セットがレジ袋の中で、かさりと揺れる。
赤坂とゆらぎはお酒を嗜まないため、この晩酌セットは黒瀬用にわざわざ購入して来たものだ。
マネージャーというのは、ここまでしなければならないのかと、正直呆れてしまった。
「明日の仕事に支障をきたさないようにしてくださいよ」
「分かってるっての」
黒い革張りの高級そうなソファに、どかりと腰を下ろして、黒瀬は先ほどまで使用していたのだろう、ノートパソコンの画面を閉じる。
「また、エゴサですか? 懲りない人ですね」
「今日のは違う。ネットショッピング。そろそろ、イベント用の衣装を新調しないといけないからな。同じ服ばかり着回してると、『黒瀬さま、着る服ないのかな』とか、ネットで呟かれるだろ」
止まらない赤坂のお小言に特に気分を害した様子もなく、黒瀬はコンビニ袋を受け取る。
早速、袋の中身をがさがさと漁り、缶ビールを取り出してタブを引く。
「ああ、それは困りますね」
「……あの、どういうことですか?」
「それは……」
二人のやり取りを静観していたゆらぎは、脳裏に浮かんだ疑問を呟く。
だが、その問いに言い淀んだ赤坂の代わりに黒瀬が答えた。
「つまりは、自分は常に見られる側の人間だということを覚えておけ、ってこと。そんなことより、今日はこの映画を観よう」
この話はこれで終わりだと言うように黒瀬は話題を切り替えて、DVDプレイヤーの電源を入れた。
上手く誤魔化されてしまった気がするが、業界においての何か暗黙の了解があるのかもしれない。
ゆらぎはこれ以上追及することは止めて、黒瀬の洋画観賞に付き合うことにした。
映画は吹き替えではなく、字幕表示の作品だった。 もしかしたら、ただ単に黒瀬が字幕に慣れているだけなのかもしれないが。
そして、今は何より、眠い。
ゆらぎが苦手とする流暢な英語が、シアター用スピーカーから永遠に流れてくる為、彼女は今、拒絶反応の如く、もの凄い眠気に襲われていた。
眠気を悟られないように、必死にあくびを噛み殺す。
「白石くん、眠いなら部屋へ戻ってもいいですよ。後は私がなんとかしますから」
ゆらぎの隣に腰を下ろしていた、赤坂は彼女の異変に気がつき、こっそりと耳打ちをする。



