「さて、どうしようかね。この窮地を」

 黒瀬を送り出した後、田中は姉の九十九院トキを呼び出し、バーで酒を酌み交わしていた。

「白々しいわね。じゃあ、なんのために私を呼んだのよ、銀次」

「いや、これはこれでいいかなーなんて思ってたりもするんだ、僕的には」

「はぁ? 仮にも事務所の社長なんだから、そんな及び腰でどうするのよ! 本当に情けない弟だわ」

 一杯目から強いお酒を煽り、普段からの男勝りな性格がさらに強調され、最早手がつけられない状況だ。

 やっぱり、赤坂を連れてくるべきだった。
 今からでも、間に合うだろうか。

 田中がスーツのポケットから携帯を取り出そうとしていると、突然足の甲に痛みが走る。

「姉さんが強すぎるだけ──って、痛いよっ! ごめんなさい! お願いだから足を踏まないでくれ」

 痛みの犯人は無論、姉の九十九院だった。ピンヒールが時として、こんなにも鋭利な凶器になるとは思わなかった。
 
 カウンターバーでは姉弟の熾烈な(主に九十九院の一方的な攻撃)戦いが繰り広げられているが、その様子をマスターは咎めるわけでもなく、無表情でグラスを磨き続けている。

「この私が今から、この不甲斐ない弟を助けるのよ! 感謝なさい」

「ぐっ、具体的にはどうするんだい?」

「ふふっ、それは秘密よ。銀次の大切なあの子たちを必ず守ってみせるわ。約束よ。だから、今日は銀次の奢りね」

「いや、まあ、うん。最初から奢るつもりだからいいよ」

 この計画が吉と出るか凶と出るか。
 全ては九十九院トキに懸かっている。

 田中は祈る思いで、グラスに残っていたウイスキーを呷った。