「…ん。あ~ちゃん?」
呼ばれている声にハッと我に返る。
「大丈夫?ずっとぼんやりしてて…」
母さんが心配そうに俺の顔を見る。
「あ…うん、大丈夫」
笑顔を作って微笑むと、スーっと襖が開いて20代後半位の顔立ちの綺麗な男性が入って来た。まるでモデルのようにスタイルも顔立ちも整ったその人に疑問の視線を投げると
「ご無沙汰しております、葵様」
多分、この笑顔で何人もの女性を虜にしてきたであろう甘いマスクの甘い笑顔で言われる。
「?」
俺が疑問の視線を投げると
「体調が悪かったから、覚えていないんじゃないか?」
秋月先輩の言葉に考え込む。
秋月家側の末席にその人が座ると、女将が入って来て食事会がスタートした。
俺が誰なんだろう?と悩んでいると
「ほら、受験の時に葵君を自宅まで送っていっただろう?その時の運転手だよ」
秋月先輩の言葉に、「あ!」っと声を上げる。
「すみません!あの時、意識が朦朧としていて全然顔を見ていなかったので…」
平謝りする俺に、その人は小さく微笑み
「確かに…。翔さんの膝で気持ちよさそうに寝てましたからね」
と呟いた。
その言葉に俺は固まる。
(え…?今、何と…????)
驚愕する俺の顔を見て、その人は驚いた顔をして
「まさか…それも気付いていなかったんですか?」
と声を発した。
そして秋月先輩の顔を見ると
「多分、章三君だと思っていたんだよね。俺はそれで良かったんだけど…」
苦笑いしてそう答えた。
(ひぃぃぃぃぃぃぃ!俺、何てことを!!!!)
頭を抱えて苦悶していると
「え?じゃあ、あ~ちゃんが憧れてる先輩って翔さんだったの?」
空気を読まない母さんの発言に、部屋の空気が固まる。
「え?」
驚いた顔をした秋月先輩に
「だってあ~ちゃん、桐楠大付に進学したのって憧れの先輩に会う為だもんね。受験の時に助けてくれた先輩みたいになりたいって、公立受験止めて進学したんですよ」
満面の笑顔で母さんが続ける。
「か…母さん!その話、止めて!」
慌てて止める俺に、秋月先輩のお父さんは小さく微笑み
「翔が憧れられる対象になるなんて…、意外だな」
そう言いながら先輩の顔を見た。
俺は話題を変えたくて
「え!秋月先輩、学校で凄い人気ですよ!先輩を一目見る為に、柔剣道室にいつも人だかりが出来てます」
そう話題を持ちかけた。
「へぇ…。翔はそういう話を一切してくれないからね」
俺の話を、先輩のお父さんが嬉しそうに聞いている。
「はい。蒼ちゃんと秋月先輩は学校の生徒会で活躍しているのもあるかと思うのですが、二人が歩くと女子の黄色い声が飛び交います」
「ちょ…ちょっと葵君、それは大袈裟だよ」
俺の言葉に秋月先輩が慌てて言葉を挟む。
「嫌々、本当に凄い人気なんですよ!」
俺が力説していると
「先程も名前が上がっていたけど、蒼ちゃんと言うのは?」
秋月先輩のお父さんが首を傾げて聞いて来たので
「俺の幼馴染です。桐楠大付の生徒会長をしていて、秋月先輩の友達でもあるんです」
俺はまるで自分の自慢をしているように答えると
「あ~ちゃん、本当に蒼ちゃんが好きよね」
俺の様子を見て、母さんが呆れたように呟く。
すると
「ああ、あの綺麗な男の子か」
先輩のお父さんがすぐに思い出したように呟いた。
「知っているんですか?」
目を輝かせて俺が先輩のお父さんを見ると
「初めて見た時、女の子だと思ったんだよ。あまりにも綺麗な子だったからね。うちの事務所にスカウトしたけど、けんもほろろに断られた」
肩を竦めて残念そうに呟く。
俺が疑問の視線を投げていると
「あぁ、私はモデル事務所も経営しているんですよ。蒼介君と言ったかな?あの美しさを世に知らせないのは勿体ない」
先輩のお父さんはそう言って、何度も溜息を吐いた。
「父さん!」
そんな先輩のお父さんを、秋月先輩がぴしゃりと
「僕の友達を巻き込まないって約束、忘れたんですか?」
と厳しく言い放つ。
「分かってはいるんだけどね…。本当に勿体ないと思うんだよ。一度、うちの会社のブライダル事業でモデルをやってもらったんだけどね。ポスターが貼っても貼っても盗まれて大変だった」
思い出すように呟く先輩のお父さんの言葉に、俺が思わず興奮して立ち上がる。
「え!あれって、先輩のお父さんの会社だったんですか!俺、あのポスターを大事に宝物にしています!」
興奮して叫んでしまい、母さんに睨まれてしまった。