この人も、ここまで必死になるほどの何かがある。

 昔、愛里が学生のころに、コンビニで張り詰めた空気を醸し出すヤクザに出会ったことがあった。一歩間違えれば取り返しのつかない目に遭わされると、恐怖で身がすくむような。

 今、それに似たものを感じた。

 生きていけなくなる……。

「ご忠告、ありがとうございます」

 この人、目つきは怖いが、どうやら親切心で忠告してくれているのも、もうなんとなくわかる。別にこちらを見下しているとかでもないことも。

 たぶん、この人も愛里と同じ庶民(?)で、庶民の気持ちや常識がわかるからこそ、あえて失礼を承知で教えてくれているのだろう。

 だが。

「でも、ここでは関係ありません」

 不遜にも、愛里は言い切った。
 脳裏には、尚貴のあの無邪気な笑顔を思い出しながら。

「コミケにはコミケの常識がありますから」

 こっちが常識を教えて導いてあげます、と。

 さっき、この人を全身全霊で押し退けた勢いが、まだ残っていたのかもしれない。