そのとき、家のベルが鳴った。

「え、誰か来たみたい」

 尚貴の関係者だろうか。
 親が出る前にと、愛里は慌てて階段を駆け下りる。

 インターホンで名前を聞いたらしい母が、「愛里、郡山(こおりやま)さんって知ってる?」と訊ねてくる。

「なおさんの付き人! 私が出る!」

 愛里が玄関を開けると、いつもとかわらない黒スーツの郡山が立っていた。

「郡山さん!」
「おう」
 少しやつれたような顔で「坊ちゃんがいろいろ面倒掛けてすまないな」と苦笑。

「い、いえいえ……」

 こちらも苦笑いで中へ迎え入れる。愛里の背後に母を見つけると郡山は踵を揃えて直立し、丁寧に一礼した。母も恐縮したようにぺこぺこと頭を下げている。

「じゃあ、郡山さんも二階へどうぞ。なおさんいますよ」
「失礼します」

 郡山は靴を揃えて、ついでに尚貴の靴も綺麗に揃え、玄関を上がる。

 ああ、郡山さんが駆け付けてくれて、なんとかなる気がしてきた。

「尚貴様、こちらにおいででしたか」
「郡山!」

 お茶を飲んでいた尚貴は、敵の襲撃を受けたような顔で立ち上がりかけて言う。

「まさか、邪魔をしに来たの……?」
「いいえ、そのようなつもりはありません」

 愛里は郡山に座布団を渡してひとまず着席を促すが、お気遣いなくと断られた。そんなところに立ちっぱなしで会話される方がよっぽど気を遣うけど。

「申し訳ありませんが、わたくしは監視を仰せつかっております。その代わり、なんでもお手伝いをいたします」

 どうやら郡山は尚貴の監視に来たらしい。

「要らないよ。そんなの」
「しかし、それでは現実的ではないかと」
「お手伝い付きで家出するやつがどこにいるんだよ!」

 尚貴が苛立ち混じりにツッコむ。

「まったくもっておっしゃる通りでございます」

 郡山も冷静に頷く。
 ……そんなコントみたいなことしている場合ではない。

「では、御用があればお申し付けくださいませ」
「はいはい。ないよ。だからあっちいって」
「失礼いたします」

 郡山はドアの前、壁際に待機することにしたようだ。
 狭い部屋なので、「あっちいって」という距離ではないが。