「ごめん、なおさん、私だいぶ酔いが回っているみたい。なんか、喋りすぎちゃった」

 自分ばかり、しかも暗い話をしてしまった。嫌な女に思われただろうか。

 ふと顔を上げようとしたとき、尚貴に頭を撫ぜられた。
 そしてそのまま黙って抱き寄せられた。

「っ、なおさん……!?」

 尚貴の広い胸が、温かく脈を打っている。
 アルコールの匂い。こんなに近くに、なおさんが。

「僕は、エリンギちゃんの作品、とても素敵だったと思う。だから、少し悲しい」

 耳元で囁く声に、愛里の胸がチクリと痛む。
 でも、愛里が何か言うより先に、尚貴が続けた。

「でも、エリンギちゃんがうまくいってほしいと思うから、無責任なことは、何も言えない。とても頑張っているエリンギちゃんが、そう言うなら、そうなのかもしれない。わからないのは、僕が世間知らずだからかな」

 そっと体を離すと、尚貴は愛里の手を握る。尚貴の大きな手が、愛里の右手を包み、もみ、ペンだこをさする。

「きっと、僕よりエリンギちゃんは、ずっと戦ってきた。だから僕は何も言えない」
「なおさん……」
「僕は、まだそこまでやってもいないから、まずはやってみるよ。思った通りに自由にやってみる」
「そうだね」

 それでうまくいけば、それが一番いいのだから。

「お互い頑張ろう」

 愛里は視線を逸らして、小さく言った。

 世間知らずの御曹司。
 野球選手になれると信じて野球に打ち込む少年のよう。

 無邪気で綺麗で浅はかで希望に満ちている。

 でも実際、フジタ王国の王子様だから、それでいいのかもしれない。