夏に開催されるコミケ、通称「夏コミ」にはもう三度経験しているが、毎度この大きな建物を見ると気合いが入る。

 コミケとは、コミックマーケットの略称。プロも素人も関係なく「好きに作った作品」を三日間だけ集中して売り買いする場所だ。経済効果は百八十億円とも言われる「オタクの祭典」である。

(漫画、買ってもらえたらいいな)


 愛里は自分の売り場スペースに到着し、印刷会社から自分の描いた「新刊」漫画本がきちんと届いていることを確認してほっと胸をなでおろした。

 愛里は少女漫画家を夢見てオリジナル少女漫画を描いている二十五歳独身女子だ。コミケで頒布するのはもちろん少女漫画で、今回も〆切ギリギリまで粘って原稿を描き、必死の思いで入稿したものだった。売り物が無事届いていたことで余裕が生まれる。よし!
 「今日はどうぞよろしくお願いします」と前後左右のサークルにあいさつすると、みんなにこにこと挨拶を返してくれた。お隣さんはまだ来ていない。