「十時になりました」というアナウンスが流れるとともに、会場は温かい拍手に包まれた。コミックマーケット、始まりの合図である。

 一日の始まりにわくわくと胸をふくらませ、この場所があることに感謝して、自分の知らない誰かまで幸せでありますようにと願って一人一人が手を叩く、この瞬間が愛里は好きだ。

 資本主義社会の無機質なお金のやり取りにはない、野生の人間達の単純な期待感や喜びが、この拍手には、詰まっているような気がする。

 そういえば初参加の彼はどうかなと思って横を振り向くと、今度は感動の涙をこらえているようだった。気持ちはわからなくもない。

 なんだか、良い人みたいだな……。
 ちょっと変わってるけど、悪い人ではなさそう。