本社は敷地内で最も高層のビルのことだった。見上げるほど高い。数えてみるとざっと三十階ほどあった。

 曇りなく磨かれた透明の自動ドアに向かって歩いていると、周囲の人波がざわついているのを感じた。

「やだちょっと、私隠して」「どこ?」「あっちにいるって」

(なんだろう? 誰かいるのかな?)

 芸能人でもいそうな雰囲気だ。外は暑いので早く涼しい室内に入りたい気持ちもあったが、ざわめきに耳を澄ませてみると、

「社長の長男がいるって」「秋貴(あきたか)様?」「そうみたい」「跡取りじゃん」「アッキーどこ?」

 と聞こえた。
(え? 社長の、長男??)
 愛里はきょろきょろと視線を彷徨わせる。