陽はすっかり傾き、闇に包まれる時間。
良い子は家に帰り、温かいご飯でも食べるような時間だ。

そんな時間にだだっ広い居間に鎮座する少女が、一人。
紙の上に置いた十円玉にそっと人差し指をのせる。

「...っ」

自分の中で僅かに変わった空気感に、自然と不安が募る。

「こっくりさん、こっくりさん。
 どうぞおいでください」

古びた我が家の窓が風に煽られガタガタと揺れる。

「もしおいでになられたら、”はい”へお進み下さい」

窓は未だに煩いというのに、周囲がやけに静かに感じられた。

「......な、な~んて!」

ジワリと来る不気味さを払うように声をあげた。

「ないない!降霊術とか嘘に決まってるじゃん!」

静かな部屋に響く声。

「はぁ~。バカバカしい...。
 そろそろご飯作ろ「ガタッ」...う、かなぁ...」

未だに十円玉の上にのっていた人差し指を退け立ち上がろうとすると、部屋の中に物音が響く。
少女しか居ないはずの部屋に響いた音は酷く不安と恐怖を煽るものだった。

「...」

風だと思い込み、音がした方を振り返る。
そこには先ほどまで煩かった窓があった。

「な、なんで...」

しかしそれは、不自然な程に”開け放たれて”いた。
つい先ほどまでは確かに閉じられていた窓。
それが今はほぼ全開。

「...っ」

バタンッ
派手な音と共に勢いよく窓を閉める。
風は徐々に止み始めていた。

「(何これ、どうなってんの)」

不可解な現象に頭が追いついていない。

「え、何これ。怪奇現象的な?無理無理無理」

蚊の泣くような声で早口に喋る。
声でも出さないと恐怖でどうにかなりそうなのだろう。
心なしか涙目だ。
...その時だった。

「俺を呼んだのはお前?」

「~~~っ!!?!?」

この家ではしないはずの、少女以外の声。
少女は体を揺らし、声にならない声で叫ぶ。

「だ、だれ...っ」

恐る恐る振り返った少女の目に映ったのは一人の男。
黒い着流しに、赤い羽織り。
僅かに見えた黒髪と、ユラユラと背後で揺れる3本の狐の尾。
そして、何よりも目を引いたのは鼻までの狐の面。

「な、なんで...いや...っ」

「ふーん、人の子か...」

恐怖で動けない少女を意にも介さず、男は一歩また一歩と近付く。

「ヒッ...」

震える足で後ずさるもすぐに背中が壁に当たる。

「人を喰うのは何時ぶりだろうなぁ...
 お前ぐらいの子供の肉は柔らかくてな、それはそれは美味いんだよ」

そう言いながら少女に伸ばされた手。
壁に背中を預けたまま、身動きの出来ない少女。
そうしている内に、男の手が目の前に迫った。

「(ア、オワッタ...)」

少女は来るであろう痛みに備え、ギュッと目を瞑った

バヂィッ

「いっでぇ!!?」

その瞬間、目の前で静電気でも起きたような音がした。
いや、実際にはそれよりも遥かに強く大きな音だったが。

「な、なに?」

身構えていた少女の体から力が抜け、床に座り込む。

「~~~っそれはこっちが言いてぇわ!
 お前なんっだそれ!!」

男が少女に向かって叫ぶ。

「何のこと...?」

「何のこと?じゃねえ!お前ただの人間じゃねえな!?」

「ハァッ!?私のどこを見て人間じゃないって言うわけ!?」

そう言って叫ぶ少女に先程までの恐怖はないようだ。

「普通の人間がそんなどぎつい加護つけてるわけねぇだろっ!!」

「は?加護...?」

更に訳が分からない、というような顔をする。

「お前なぁ!...ん?お前の匂い、どっかで...」

男は叫ぶのを止めたかと思うと少女を凝視する。

「この匂い...つーかこの感じ...
 !!お前!不知火のババアの!」

「!?な、なんで私の名前...っていうか苗字知って...」

そう、不知火は少女の苗字だ。
『不知火 真白(シラヌイ マシロ)』。それが少女の名前だ。

「っていうか、ババアって...?」

「あ?ああ...”寧々”。『不知火 寧々(シラヌイ ネネ)』の事だよ」

「寧々って...おばあちゃん?」

「お前寧々の孫なのか...」

「なんであんたがおばあちゃんの事...」

「寧々には昔世話になったんだよ」

そう言ってからどかりと胡坐を掻く男。
この男は十中八九真白が呼んでしまったこっくりさんなのだろうが、真白はそんな奴がおばあちゃんの事を知っているというこの状況に混乱しているようだ。
現に、今も困惑顔だ。

「お前、どうやって俺を呼び出したんだ?」

男はどこから取り出したのか、煙管を吹かせながら問うた。

「何って...物置部屋にあった、そこの紙で...」

「あ゛~~。やっぱりそうだよなぁ...」

男は机の上に置かれた紙と十円玉に視線を送る。

「それが何なの?」

「いいか?よーく聞けよ。
 それは昔寧々とした”約束”の為の謂わば契約書みたいなもんだ。」

「約束?契約書?」

「ああ。ま、それは後で話してやるよ
 ...なあ、お前」

男は真白を見ると、ゆるりと口元に弧を描いた。

「お前はどうしてこっくりさんなんかしたんだ?
 何か聞きたい事でもあったか?それとも...
 ...何か望みでもあったのか?」

「!...それは...」

「ま、いいけどな。何でも...
 なあ、お前名前は?」

「...真白」

「そうか。なら真白。
 俺に名前を頂戴?」

「......は?」

男は頬杖をつきながら笑顔で言う。
また、3本の尾がユラリと揺れた。

突風が運んできたのは、摩訶不思議な出会いだった...。