「幕末のきりっとした文章を書く人というのが第一印象だから、それほど意外ではないんですけどね。背も高いしファッションも男装っぽいし、独特の雰囲気がありますよね」

「分析ありがとう。普通じゃないことは、とっくに自覚してる」


わたしはグレーのコートを脱いで畳んで、隣の椅子に載せた。

細身のボートネックシャツにだぶついたジーンズ、ピアスだらけの両耳で平日の昼間に喫茶店に居座ったりすれば、どう頑張っても堅気には見えないから、ミュージシャンかと訊かれることが割とある。


わたしはその問いに否と答える。

歌うことがないとは言わないが、単なる趣味だ。

本業はフリーランスの物書き。

まあ、いずれにしても堅気ではないから、世間の目からすれば大した違いはないだろう。


珈琲を出してくれたマスターに目礼する。

ごゆっくり、と言い残してマスターがいなくなってから、彼はわたしの目をのぞき込んだ。


「今回は重症だって聞きましたよ。まだ幕末から帰ってきていないって。書き終えて半月以上経ってるのに、魂がこっちに戻れずにいるそうで」

「歴史物を書くと、引きずるんだよ。かなり入り込むから」

「執筆中は、SNSでも文体が混乱気味でしたよね。一人称が『オレ』になったときは、さすがに心配しましたよ」

「中断を挟みつつ一ヶ月以上、『おれ』や『オレ』で過ごしてたせいだ。前回、十三世紀を舞台に書いてたときは三人称だったから、やらかさずに済んだんだけど」

「メインキャラほぼ全員の死を見届けるような話でそこまで入り込んだら、やっぱりきついでしょう? 今だって、しゃべる言葉全部が痛そうな“音”をたてるのが、びしびし伝わってきますよ」