「美味しそう」
 思わず呟いた私に、
「買ったばかりのハチミツゆず茶だ。あたたまるぞ」
 南波先生が微笑んだ。
「菅野、お前も何か飲むか? 老後のために、出来る生徒には恩を売っておく主義なんだ。ついでに作ってやるよ」
 南波先生が、マグカップにインスタントコーヒーの粉末を入れる。
「じゃあ俺もゆず茶で」
「コーヒー組のくせに」
 先生がいたずらっ子のように笑った。
 白衣姿で飲み物を作る姿は、実験器具を扱う研究者のよう。
「ほらよ。ここに置いとくから、勝手に飲んでくれ」
 そう言って、南波先生がキャスター付きのイスに座ったときだった。
 軽く音を立ててドアが開いた。
「失礼します。日向はいますか?」
 担任の徳井先生だ。
 私は立ち上がった。
 毛布が落ちる。
「こんなことになって、すまなかったねえ」
 続いて、教頭先生が入ってきた。
 菅原さんの優しさと、南波先生の気遣いで和らいでいた気持ちが、緊張に変わる。
 校内で騒ぎを起こした1人として、処罰は覚悟していたけど、いざとなると怖くなる。
 けど、後悔はしていない。
 あんな人たちに菅野さんを渡したくないのは今も同じ。
 ううん。
 今、菅野さんに甘やかされて、もっと酷くなった。
 菅野さんを誰にも渡したくない。
 誰かと仲良くされたら恨んでしまう。
 これが嫉妬。
 凄く醜いけど、好きになるって綺麗ごとだけじゃない。
 今まで、わかったつもりでわかってなかった。どうしようもなく人を攻撃してしまう人の気持ち。なりふり構わず、相手を貶めたくなる気持ち。
 けど、今ならわかる。
 もし今、菅野さんが誰かと恋人になったら、私はどうするだろう。
 泣き寝入りして、一方的に彼女を憎んで、そして……。