「僕、おかしいのかな。強がるなっちゃんが可愛くしか見えない」

「眼科にでも行ってきなさい!」


耳まで熱くなるのを感じつつ即座にツッコみ、勢いに任せてミーティングルームからひとり飛び出した。そのまま早足で廊下を抜け、広がった熱を冷ます。

あの人、本当におかしくなっちゃったんじゃないの。仕返しの方法が明らかに変でしょ。いや、本性や過去をバラされたらそれはそれで困るが。

魅力的だとか、可愛いとか、秘書としてなら言われたことはある。でも、素の自分に対してはさっぱりだったから慣れていないのだ。

これまでにできた彼氏にさえ、そろそろいいかと思って本音をこぼし始めたら、それだけで引かれて破局してしまったくらいだから。

そういう意味では、確かに調子を狂わされるし屈辱的だし、仕返しは成功しているのかもしれない。けれど……。


「……甘すぎる」


階段を下りる歩調を緩め、ぽつりと独り言をこぼした。

私を見つめる瞳も、声も、触れた手も甘く感じてしまって、胸の奥がくすぐったくて仕方ない。嫌われているはずの相手に、こんな感覚を抱いてしまうなんて。

小悪魔なのか、王子様なのか。成長した彼の本性は、今の私にはまだ見分けられそうにない。