「あの、どうかなさいましたか?」

タイミングを待っていたらしい店員さんが、デザートを持ったまま不安げに立っていたので、慌てて姿勢を正す。

「いえ、なんでもありません」

「それでは、チーズスフレのお客様」

「あ」

“チーズスフレのお客様”は頭痛を訴えてお帰りになられた。
それを察した廣瀬さんは、

「あ、はい」

と軽く手を上げる。
そして私の前には木イチゴのムースが置かれた。

「こっち食べます?」

「いえ、チーズスフレも好きなのでいただきます」

付き合わせたのが申し訳なくて、削り取るようにムースを口に運ぶ。

「本当は、ちょっぴり期待してたんです。西永さんのチョコレート」

廣瀬さんはもふもふとチーズスフレを食べていた。

「それなのにもらったのは下柳さんだった。しかもものすごく立派な、義理なんかじゃなさそうなやつ。下柳さんに『食べていいよ』って言われたけど、食べる気持ちになれませんでした」

「……すみません」

「残念です」

「本当にすみません!」

「本当に残念です」

「どうしたらいいんでしょうか?」

訴えるように見つめていると、「そうですねえ」といつもののんびりした声で、

「じゃあ、チョコレートの代わりに、それください」

と、私の木イチゴのムースを指差した。

「これ?」

「はい」

「食べかけですよ?」

「だからですよ」

「変態!」

「はいはい」

にっこにこに笑うその笑顔を、初めてちょっと怪しいと思った。
ズズ……ズズ……とお皿を前に押し出したら、「いただきます」とフォークでひと口食べた。

「ふふふ、おいしいです」

だから、おじさん!
かわいい仕草やめてって!

自分で言い出したくせに、顔をちょっと赤らめてムースを食べる廣瀬さんを、行儀悪くも頬杖をついて眺めた。

「廣瀬さんって、なんだかよくわからない人ですね」

「そうですか?」

「はい。そういうの全部、嫌いじゃないです」

努めてつまらなそうに言ったのに、廣瀬さんはふわふわ笑った。

「あはは、よかったです」

交換したチーズスフレは、味なんて“なんだかよくわからな”かった。