「逃げたのかと思ったよ」
苦々しげに下柳は言ったけど、苦々しさでは私が上だ。
「逃げられるようなことしてる自覚はあるんですね」
届いていたたらこクリームスパゲティは少し時間が経っていたせいか、トングで取り分けようとしたら、半分くらいモサッと持ち上がった。
「先に食べててくださってよかったんですよ」
「一緒に食事してるんだから、そこは待つのが礼儀だと思う」
「モッサモサですけど」
「そんな理由で食べ物を粗末にするのは許せない」
「不本意ながら同感です」
ふたりがかりでスパゲティを引き剥がし、なんとかそれぞれの皿に盛り付けた。
「ここ出たら、あんたの部屋行こう。近いんだろ?」
「私の家はここからだとかなり遠いです。三途の川の方が近いくらいです」
「納得してないみたいだから、場所変えて話し合った方がいい」
「場所の問題じゃないです。あと場所変えたくないです。絶対何かあるから怖い」
「さすがに犯罪に手を染めたりしない」
「いや、今でも結構ギリギリです。グレーゾーンまでならやるでしょ、あんた」
「なんでそこまで抵抗するかな? 俺、これでも結構あんたのこと気に入ってるんだけど?」
「私、わかりやすくあんたのこと嫌がってるんだけど見えませんかね!」
「うーん、俺には恋する乙女にしか見えないな」
「そのほっそーーーい目はただの隠し包丁? だったら秘伝の醤油でもぶち込んどけ!」
「口悪いな」
「嫌いになった? 嫌いだよね? お願い嫌って!」
「いや、猫かぶってるより今の方が面白い。“優芽ちゃん”でいい?」
「“西永さん”って呼んで。いや、私のこと二度と呼ぶなよ、下柳!」
お互い合間にモサモサ言わせつつ、話し合い(?)は続けられた。
取り分けに対する抵抗も、怒りで高温殺菌されたのか、気にならなくなっていた。
なにより、廣瀬さんが「行きます」って言ってくれたから、なんだか気持ちが強くなったのだ。
だけど、あとどのくらいで着くのだろう?
もっとゆっくり食べた方がいいのかな?
デザートまであるけど、間に合うかな?
ちらちら時計を見ながら、たらこクリームスパゲティを頬張っていたら、
「はあ~、お疲れ様です」
肩で息をする廣瀬さんがそこに立っていた。
予想より早い到着に時計を見ると19:55を示している。
え……まさか……?
この展開を知らなかった下柳はもちろん、知っていた私でさえも、ポカンと彼を見上げた。
見つめられた彼は、戸惑ったように視線をさ迷わせる。
……来たはいいものの、ノープランだな、この人!



