『━━━━━お疲れ様です。配車担当、牧です』

高らかにガッツポーズをしたせいで、ほとんど自由の女神みたいになった。

「お疲れ様です! 事務課西永です。今ジョイフル向川店様から定期便の追加依頼が入りまして、本日18時着でということでしたが、お願いできますか?」

『はーい。わかりました』

予想に違わぬ返事に思わず吹き出したら『どうかしましたか?』と怪訝なお問い合わせがあった。
牧さんはゼンマイ仕掛けではないらしい。

「いえ。余裕のない発注ですし、無理されてないかと思いまして」

『無理……するのは通常営業ですから。なんとかできるように、最善を尽くします』

内容に反していたってのんびりした声だった。
年明け早々懸命に走っていた人間とは思えない。
むしろ、こたつに入りながらみかんを食べている側の声だ。

「牧さんって箱根駅伝に出てたんですよね?」

『へ?』

「あ、すみません。つい」

会話の流れとして、あまりに唐突だった。
だけどさすがは牧さん、忙しいはずなのにどうでもいい雑談にも真摯に対応してくれる。

『『出てた』というか、運よく一度走ることができただけです』

「でもテレビには映ってたんですよね? 今度動画探してみます」

『……なんか、恥ずかしいですね』

はははは、ふふふふ、と笑い合って細めた目に、止まることを知らない時計の針が映り込む。

「あ! お忙しいところすみませんでした! 発注書のデータ送ります」

言いながらパソコンを操作すると、

『あ、はい……受け取りました。ありがとうございます』

とすぐに返答があった。

「よろしくお願いします」

『お疲れ様です』

味のなくなったガムをティッシュに包んで捨てても、すっかり目は覚めていた。
ミントよりスッキリした気持ちで、精力的にデータのチェックを再開すると、

「配車、牧さんでしたか?」

と園花ちゃんが聞いてきた。

「そうそう。『はーい。わかりました』って言ってたよ」

あはは、と笑って内線を回した園花ちゃんの顔が、笑顔のまま壮絶な怒りをたたえる。

「━━━━━すみません。一応その提案もしたのですが、どうしても変更したいと……━━━━━はい。━━━━━はい。━━━━━申し訳ありません。よろしくお願い致します」

カチャリとしずかに置かれた受話器が、焔を上げているように見える。
やけど覚悟で園花ちゃんに声をかけた。

「……かなり急ぎの仕事お願いしちゃったから、牧さんはそっちの対応中かもね」

「……下柳、不幸になれ!」