廣瀬さんの顔を覚えた。

廣瀬さんと言えば、声を掛けられてもわからず「……誰だっけ? ああ、廣瀬さんか。そうそう、こんな顔だった!」がセットのような状態だったけれど、さすがに“打ち上げ”してからは迷うこともなくなった。
廣瀬さんがタイムカードを押しに来ると、「おはようございます、廣瀬さん」「廣瀬さん、お疲れ様でした」と私から声を掛けることさえある。
私の成長はとどまるところを知らず、今では本人がいなくてもちゃんと顔を思い描けるところまできていた。

よくよく見れば目がくりっとしてる、と言えなくもないし、口も大きすぎず小さすぎず。
鼻も高すぎず低すぎず。
髪型に関してはスピードカットではなく、ちゃんと美容院で、さりげなく自然体を装って手の込んだカットをしてもらってる感じがする。
もし廣瀬さんが、性格の悪い上司の息子さんだったなら、「イケメンですね!」ってお世辞を言える程度には悪くない。
でもただの同僚だから、素直に「地味ですね」としか言ってあげない。

これでようやく戸惑うこともなくなったと、ホッとした頃、朝出勤した私を廣瀬さんが待っていた。

うちの会社は一応制服があり、事務員は白のブラウスにブラウンのチェック柄ベスト、黒いスカートのスタイルである。
その日遅刻ギリギリだった私は、もちろん着替えが間に合っておらず、ベストの前を左手で押さえながら右手でタイムカードを押したところだった。

「よし、セーフ!」

「8:27」という数字を見て、安心して三つあるボタンのうちふたつを留めたとき、

「西永さん、おはようございます」

と声をかけられた。

「あ、廣瀬さん。おはようございます」

廣瀬さんは珍しく困ったような顔で、

「すみません。ちょっといいですか?」

と社員ロッカーの方を視線で示した。
仕事の話ではないらしい。