アイスクリームショップを遠目から眺める位置で脚を止めた私に、少し前を歩いていた廣瀬さんが「どうかしましたか?」と振り返った。

「今日、久しぶりに体脂肪率を計ったんですよね」

「ああ、なるほど」

察した廣瀬さんはニヤニヤする口元を手で覆った。
その彼を頭のてっぺんから爪先まで一通り目測する。

「私、絶対廣瀬さんの10倍体脂肪率あります!」

頭を抱える私に、冷静な声が降る。

「10倍だとさすがに100%越えますよ。せいぜい2倍。3倍はないです」

「そんなリアリティある数字言わないでください! デリケートなところなんですから、表現はくれぐれも牛革で包むくらいの言い回しで!」

目を背けている私のすぐ目の前に、廣瀬さんが立った。

「俺たち、今日がんばりましたよね?」

「……はい」

「死の淵まで覗き見ました」

「はい」

「その打ち上げでしょ?」

促すように、ポンッと私の背中を押した。
まだ少し遠いけれど、ケースの中に並んだ色とりどりのアイスクリームが見える。

「今日このアイスクリームを食べなかったら、またひとつ人生に後悔を抱えることになると思いませんか?」

目だけで廣瀬さんを見上げると、小首をかしげて、

「えへへ、誘惑」

などと言う。

おい、おじさん! かわいいことしないでよ!

世間で三十二歳は十分若いけど、例えば小さな子に「おじさん」って言われたら否定できない年齢だ。
自分のことを「お兄ちゃんはね……」なんて言おうものなら、「自分で“お兄ちゃん”なんて図々しくない?」と言われる程度には年を重ねている。
それなのにそのおじさんをほんの少し……いやなかなか……実を言うと、結構かわいいと思ってしまった。
この誘惑になら誘われてやってもいいか、と思うくらいには。

「よーし! どれにしようかなー?」