「そういえば、何であんなにこじれたんだっけ? ちゃんと俺にくれれば、下柳さんに渡ることもなかったんだよね?」

思いが通じた今でさえ、心が痛い出来事だった。
嫉妬心はかんたんには消えない。

「……堀田さんからチョコレートもらってた。“AKIRA Enjoji”の」

「ああ、あれ?」

「私も同じチョコレートだったの。9900円もしたんだよ?」

「9900円!? そんなチョコレートあるんだ!」

「しかもすっごく並んだの! それなのに二番煎じじゃ渡せない」

廣瀬さんはうつ伏せになって頬杖をついた。
ちょっと面白くなさそうに。

「堀田さんはね、金平のファンなの。箱根で優勝したときアンカーだった」

「は?」

「だから、俺のこともよく知ってた。金平に襷渡したの俺だから。今でもたまに遊びに来るって言ったら、渡して欲しいって頼まれたんだ」

「じゃあ、あのチョコレートは?」

「昨日渡しちゃったよ。俺はチョコレートなんてひとつも食べてない」

ばふっと倒れ込んだ枕からは、濃厚な廣瀬さんの匂いがした。
やっぱりちょっと三十路感のある匂い。
だけど、無理するわけでも何でもなくて、私は大好き、この匂い。

「……ひとつも食べてないの?」

「うん」

「義理も?」

「配車担当には女性いないから。……なんで笑うの。他人の不幸を」

いいよ、いいよ、廣瀬さん。
このまま生涯モテませんように!

「遅れちゃったけど、今度ちゃんと渡すね」

「お願いします」

「また“AKIRA Enjoji”に並ぶから」

「別に高いのじゃなくていいよ。俺、味とかわからないし。その代わり、」

こめかみにさらりとやさしいキスが降りてきた。

「来年から毎年、ずーっとください」

小首をかしげてチョコレートをねだるおじさんは、目眩がするほどかわいかった。