絶対領域





『綺麗だね』



桜を仰ぐ萌奈の横顔は、どこか陰っていて。



たぶん、疲労した俺を心配してるんだろう。


言葉にして案じないのは、答えがわかっているから。



そうだろ?



『ああ、綺麗だな』



それなら俺も、そうすべきだ。


……だけど。

そうもいかない。



嫌だけど。


すんげぇ嫌で仕方ない、けど。



わがままは、終わりにするよ。




『萌奈』



これで何回目だろうな。

名前を呼ぶのは。


『なあに、オリ』


名前を呼ばれるのは。



こんな些細なことでさえ、幸せだった。


大好きだった。



萌奈も俺と同じように愛しそうに、ふにゃりと微笑んでくれる。


いつもなら笑みを返せるのに、今夜はどうしても口角が上がらなかった。



その顔に、傷。

片足に、傷。

セーラー服に、傷。



俺より傷だらけだ。


いつか、笑顔も傷つけてしまいそうで、怖い。



桜のごとく簡単に散ってほしくないくらい失いたくなくて、大切すぎるからこそ、俺は――。




毛先を不揃いにばっさり切られてしまった、左側の髪に触れた。


触り心地のよい、柔らかな髪。

綺麗に伸びて長くなった右側とは、非対称だ。



守り切れなくてごめん。


傷つけてごめん。


俺のせいで、

『ごめん』



萌奈の表情が、徐々に引きつっていく。


心臓が締め付けられた。



『あ、謝らないで!ちょうど髪、切りたいなって思ってたし!私、別に髪にこだわりないから!』


『……っ、ごめん』



空元気に振舞わせているのも、俺のせいだ。



傷つけて、傷つく。

暴虐だらけの世界に巻き込んで、ごめん。


強さも弱さも溜め込ませて、ごめん。



ごめんな、萌奈。