ナイフに殺られた片腕に、ピリッとした刺激が蠢く。
気にしないフリをして、敵が動き出す前に走り出した。
物静かな町を越え、萌奈の地元に侵入した。
深夜の道を必死に駆けていく。
複雑な路地を適当に曲がりくねり、途中何度か物陰に息を潜めた。
静寂の漂うビル街を抜け、立派な洋館の前を通り過ぎた頃には、後ろから殺気やら気配やらが絶えていた。
宵闇にそぐわない、派手やかな繁華街の外側をわざわざ選び、人気を避ける。
できるだけ人目につかないように、それでいて迅速に、逃亡に徹した。
萌奈の声すら、まともに届かなかった。
体力が限界に達し、足が重くなってきた。
呼吸も荒く、もはや徒歩の状態だ。
『あ、ここ……』
音を遮断していた耳が、透明に澄んだ呟きをすくった。
つられて景色を見てみる。
近くには、満開に咲いた桜の木のある、小さな公園があった。
『この公園って……』
『私とオリが出会った場所、だね』
懐かしい。
もう1年も前のことだなんて、信じられない。
嫌いな紅を薄めた花びらに誘われて、公園内に足を踏み入れた。
おぼつかない足取りで、奥のほうへ進んでいく。
大きな桜の木の下。
出会いを再現するみたいに、萌奈をベンチに座らせた。



