一拍の静寂。
雨音も、呼吸も、鼓動も、遮断された。
翠くんの唇はおもむろにつぐまれ、そしてまた、開かれる。
「憧れの人の通り名は、“天使”っていうんだ」
再び、静寂が訪れた。
僕も世奈くんも萌奈さんも、目を剥いて愕然としている。
こ、これは、「びっくり」どころじゃない。
え……えっ?
翠くんの憧れが、天使?
待って、頭が追いつかない。
「て、天使……?」
「え!?あ、あの噂の!?」
萌奈さんの震えた呟きに重ねて、世奈くんが混乱しながら声を張り上げる。
『この街には、天使と悪魔がいる』
その噂は、この街に住んでいたら一度は必ず耳にする、都市伝説みたいなもの。
……じゃ、なかったの?
「これはさすがに驚くのも無理ないよ。だって、今じゃすっかり、天使と悪魔は噂の中だけしか存在してない、架空の人物ってことになってるしな」
噂って、本当だったの?
天使と悪魔は、実在するの?
「でも、確かに言ってたんだ。俺をカツアゲしてきた奴らが、突然現れた憧れの人に怖気づきながら、『天使に敵うわけねぇ』って」
今までずっと、誰かの作り話だと思っていた。
ヤンキーが面白半分で妄想した「最強な俺」が、どんどん広まっちゃったんだろうな、って。
だけど、本当だったんだね。
今の翠くんを見ていたら、なぜか、腑に落ちてしまった。



