軽い連絡事項のみで朝礼は終わり、それぞれが素早く仕事に取り掛かった。

就業前にどんな話をしていようとも、時間になると引きずることなく仕事モードへとシフトチェンジする。

それがこの職場のいいところだ。

オンオフがハッキリとしている井手口部長のスタンスが、下にまでしっかりと根付いているのだろう。

それはもちろん藤瀬くんにも言えることで、仕事中に私語をすることはあまりない。

あの日『茉莉香』と名前を呼ばれたことが夢であったかのように、完全に仕事モードだ。

それは当たり前のことなのだけれど、何だか少しだけ淋しい気がしてしまうのだから、自分でバカじゃないのかと戒めた。

「橘さん。11時から現場での打ち合わせ、準備できてる?」

絶賛戒め中の私に、藤瀬くんは怪訝な表情で私に声をかけた。

「あっ、はい。大丈夫です」

今日から独り立ちの私にとって、初めての打ち合わせと現場見学である。

しかも大手取引先の専務の自宅を手がけるとあって、手に汗握るほど緊張しているのだ。

「眉間のシワよりも笑顔見せて欲しいんだけどな」

私の緊張が伝わったのか、藤瀬くんは苦笑いをしながら自分の頬を人差し指でつついてみせた。

「緊張ほぐすためにも、少し早めに出ようか」

「……ありがとうございます」

自然にこういう優しい言葉をかけてくれるところは何も変わっていない。

私も素直にお礼を言うと、朝一でやらなければならなかった業者発注を済ませて、十時前には二人で事務所を出た。