帰ってから孝太郎は、母、凪美子に、武尊がまだ、母のことを思っていると告げた。
病室での、武尊の言葉や仕草から、彼の本心でないことを、孝太郎は読み取っていた。
「幸せなんて、他人に許可を得るもんじゃないよ。俺にも、何の気兼ねもいらない。もちろん、英君の母親にも。だから母さん、必ず彼に会いに行きなよ!」
自分の部屋で沈んでいるであろう母に、ドア越しに向かって、孝太郎は話し掛けた。
色んな人の気持ちを乗せて、時間は過ぎて行く。
凪美子の心は、何度も武尊の病室へ向かっていた。
でも体だけは、倫理に従っていた。
躊躇いが、どこへも向かくことが出来ないでいた。
ただ日々、武尊を思いながら、毎日の生活を繰り返し、気付けば、冷たい風が自然と首元の襟を立てた。



