『煮干し系のうまい店もこの近くにある。今度行くか?』

思い切って誘ってみると、翠がぱあっと表情を明るくした。

『行く行く。連れてって!』

これは、次の食事の約束ととっていいよな……。
俺は翠と別れ、満足して帰ったのだった。翠とかつてない良好な関係を築けているじゃないか。俺がちょっと気を遣ってやれば、翠は笑ってくれる。別に笑ってほしいわけじゃないが、いずれ夫婦になる身なのだから笑顔のある家庭の方がいいに決まっている。

……いや、白状するなら、翠と良好な関係でいたいのは俺の意志なのだと思う。
翠は現時点では男の影はなさそうだ。それなら、翠の心に俺が入り込む余地もあるのではなかろうか。

どうせ夫婦になるなら、多少は翠には好かれたい。今まで通りの険悪な関係で無理やり夫婦になるより、ある程度好意を持ち合って結婚したい。
俺は翠のことを悪くは思っていない。面倒くさいけれど、よきライバルでありパートナーだと思っている。そして、中学生の頃の失恋を挽回したいと思っている自分にも気づいている。

翠がもう一度俺のことを見てくれるなら、俺はよき恋人、よき夫になろう。
翠の笑顔のため、俺は紳士的であろう。
翠が『豪となら結婚してもいい』と思ってくれるような態度を取ろう。

オフィスに入ると、翠は先に来ていた。

「おはよう、豪」

心なしか普段より声が柔らかい気がする。

「おはよう。翠、報告書は確認した。俺から手直しするところはない」
「ほんと!?」