不本意ですが、エリート官僚の許嫁になりました






国内では老舗で一流のサービスを提供する大東ホテルは平日ということもありビジネス客が多いように見えた。
企業のパーティーが入っている様子で、エントランスには何人か正装の男性や華やかな女性が見えるけれど、それ以外は落ち着いている。

私はワンピースの裾を直して、コーヒーをひと口飲んだ。ラウンジでくつろいでいるいいところのお嬢さん。それが今の私の役だ。

やがてフロントに近づいてくるのは五十代とおぼしき男性とその細君らしき女性。一見して上品な佇まいだ。

「ターゲット確認」

イヤホンについた小さなマイクに向かって呟く。

『了解、移動しろ』

イヤホンからの豪の声が聞こえた。仕事中だからいいけど、なんか高圧的に聞こえるのよね。

「りょーかい」

私はぞんざいに答える。もちろん、これは決められた手順なので従う。
今日、私と豪は鬼澤正作の調査に直接出向いている。くだんの建設会社の会長と懇意にしている暴力団関係者と会合を開くという情報を掴んだのだ。

『鬼澤は妻とスイートで一泊する予定になっているが、その間どこかで連中と接触する。翠、早めに隣のセミスイートに入れ』
「わかってるわ。自然な距離で後を追ってるわよ」