不本意ですが、エリート官僚の許嫁になりました

13時を過ぎたところでジムフロアにターゲットが入ってきた。50代後半、白髪交じりの背の高い痩せ形の男。間違いない、今回の情報元・長親健三郎だ。

翠もその姿を確認している。これから接触を図るのは翠だ。
この時点でジム内に監視者がいるかはわからない。いかにもという人間はいないが、持ち物に盗聴器を仕込まれている場合もある。ジムで使うようなシューズやスポーツウオッチが盗聴器入りのものとすり替わっていることだってある。

ストレッチスペースで軽く準備運動をしているターゲットに翠がそれとなく近づく。
目の前でタオルとマイボトル入りのドリンクを落とす仕草は自然だ。ガコンとプラスチック製のボトルが床で音をたて、長親の前に転がっていった。

「ごめんなさい!」
「大丈夫ですか?」

足元に転がってきたボトルを拾ってくれる長親に、翠が親しげに話しかける。

「ありがとうございます。私ったら本当におっちょこちょいで」

事実いつもおっちょこちょいだよな。そんなことを考えながら、俺は翠と長親のいるストレッチスペースの裏でラットプルダウンのマシンに着く。

「いえいえ、ボトルが割れなくてよかった」

長親は気さくな人間のようだ。いや、翠のような美人に話しかけられ、悪い気はしないといったところか。