翠はすこぶる美しい女だ。女優だった母親譲りの麗しい容姿は、幼い頃から誰もが振り向く美貌だった。
年を重ねるごとに美しく成長していき、すんなり伸びた手足とほどよく引き締まり且つ柔らかそうな姿態は、男たちの目を惹くには充分過ぎた。俺の隣で許嫁は、あっという間に大人の女になってしまった。同じだけ戦闘能力も上がっていったわけで、さらに中身は中学生くらいからろくに変わっていないんだが。

オフィスに戻ると翠が起きていた。俺の顔を見て、はっと驚いた表情。俺の鞄は置きっぱなしだから寝ているところを見られたと恥じているのだろう。面白いので、少しからかうことにする。

「涎の跡」

何もない頬を指差すと、慌てて手でごしごし擦っている。馬鹿だ。

「そんなに急ぎの仕事か?」

眠いのに早朝出社して、無防備に爆睡しなければならないほどの。
翠は不機嫌そうに顔をしかめて言う。

「今日、六川さんについて外に出るから、雑務だけ朝のうちにこなしちゃおうと思っただけよ」
「そして結局終わっていない、と」

俺の言葉にキッとこちらを睨んでくる翠。おいおい、俺は事実を言っただけだぞ。