俺とこの朝比奈翠は幼い頃から決められた許嫁という間柄だ。
まあ、一族内で勝手に決められたことなので、なんだかんだあるうちにこの女は俺のことが大嫌いになったようだけれどな。

俺自身は翠のことが嫌いというわけではない。努力家で野心家、その割おっちょこちょい。仕事を完璧に仕上げたとドヤ顔をしている横で、報告書を全部ぶちまけるような類の詰めの甘さがある。学業で俺に敵わなかったのも、その詰めの甘さが関係しているんだが本人は気付いていない様子。ケアレスミスが多いんだ、翠は。自滅しているのに、俺に敵対意識を向けられても困る。

いや、正確に言えば、困りはしなかった。翠ともうひとりの友人・陣内祭が俺を追い上げてくれたからこそ、俺は学生時代学年トップを保ち続けることができたのだ。
翠のパワフルな行動力は、割と冷めた俺にやる気を注いでくれたし、その翠を打ち負かした時の達成感はなかなかのものだった。翠本人は毎度恨み骨髄に徹すという表情をしていたっけな。

お、翠が動き出した。俺の方に向いた顔がくしゃっと歪み、むにゃむにゃと口が動く。間もなく起きるか?
オフィスにふたりきりで目覚めに立ち会うとうるさそうだ。コーヒーでも買ってこよう。

古い財務省庁舎は防犯と我が部署の内密の観点から、同じフロアに自動販売機がない。一階まで降り、エントランスでコーヒーをふたつ買う。翠はブラックが苦手なはずだから、微糖のミルク多めのものにした。カロリーが高いのなんのというタイプではない。