斎賀の当主を支えるため、妻たる者は夫の仕事を詳しく知っておくべきだ、というのが現当主である豪の祖父の考え方。私が不出来なら、話は変わったかもしれないけれど、豪と張り合っていた時点で、入庁は確定していた。

努力せずに省庁勤務なんて、と言われても仕方ないけれど、私だって入りたくて入っていない。昔からそうあるべきとされてきたことに従っているだけだ。

「翠にもし、他にやりたいことがあるなら、今の職を辞めたってかまわないと思っている」
「斎賀本家には頭を下げることにはなると思うけれど、そんなのはいいからね。遠慮せずに、やりたいことを探してくれていいのよ」

両親の言葉の優しさを嬉しく思いながら、両親のためにも特務局を辞めるわけにはいかないと思った。末端とはいえ、一族にありながら、本家に目をつけられていいわけがない。

「大丈夫よ」

私は微笑んだ。

「今の仕事もちゃんとやりたいことだから」

そう、この仕事を通して、私は積年の恨みを晴らす。絶好のチャンスをもらったようなもの。
私が唯一やりたいことは、斎賀豪を倒すことよ。
能力的には私が上だと認めさせ、屈服させること!
結婚するとかしないとかの前にここだけははっきりさせておかないと。私は絶対斎賀豪に負けない。

もし違った人生を歩めるなら、斎賀豪にも関わらず、夢を持って生きていたかもしれない。
だけど、アイデンティティの形成期から豪と張り合ってきた私にとって、それはもう私ではない気がした。
悔しいことにあの男を打ち負かすことは、私の人生の至上命題。あいつに「翠はすごい。俺じゃ敵わない」と思わせたとき、ようやく私の人生始まる。そんな気がするのだ。