不本意ですが、エリート官僚の許嫁になりました

豪がまたしても凍りつき、数瞬後に深いため息をついた。

「誤解してた……翠は男なんて選び放題だと……」
「言うほどモテないんだから。豪こそ、選び放題でしたね。取っ替え引っ替え」
「あれは、その……おまえが恋愛自由とか言うから……腹いせ的な」
「なにそれ!女子の敵!付き合ってきた子たちに謝れ!」

ポカポカ豪の頭を叩いて怒ると、豪は真面目に「ごめんなさい」なんて言っている。
腹いせってことは、私に彼氏ができたかもって思ったからなんだよね。当てつけみたいな感じだったのかな。

やだ、それじゃあの頃の私たち、両想いだったんじゃない。
恥ずかしくて余計にポカポカ豪の頭や肩を叩いていると両手首をがしっと掴まれた。

「翠」

顔と顔が近い。キスできちゃう距離だ。
いや。もう雰囲気が変。豪は私を見たことないくらい優しく情熱的に見つめているし、私もきっと意識しまくった顔をしてる。

まずい。唇同士が近づいてしまう。どちらからともなく瞳が閉じてしまう。
その瞬間だ。

「翠ー、豪くーん!ごはんよー!」

ドアの向こうから母親の陽気な大声が聞こえてきたのだ。私と豪は弾かれたように飛びすさり、お互いのもといた位置に戻った。
あ、危なかった。雰囲気でキスしちゃうところだった。
婚約者とはいえ、まだそういうのは早いでしょ。早いよね、うん。

「豪、ごはんだって。食べてって」
「ああ、翠は食べられるのか?」
「うん、もう全然平気そう」

ふたりでごまかすように言い合い立ち上がる。豪が赤い顔をしていたのが新鮮だった。