「それで早々追い出されちゃったのね。仕方ないかあ、正妻さんには勝てないもの」

心臓が鷲掴まれたような気分だ。追い出されたってことは、この人はついさっきまで豪の部屋にいたってこと?

私は見えないように唇を噛みしめた。
違う。豪はこの人とは何もないって言った。
風間さんの言うことより、豪の言葉を信じなきゃ。

でも、……胸が苦しい。

「それじゃあね、朝比奈さん」

私がひと言も発さないうちに、風間さんは長い髪をなびかせ颯爽と去って行った。コツコツとピンヒールの音を響かせて、甘いいつもの香水を香らせて。

私はスニーカーの足をずるずる引きずり、マンション前の植え込みに座り込んだ。

『体調が悪くなったから帰る』
『ごめんなさい』

メッセージアプリでそれだけ打ち、携帯の電源を落とした。たぶん豪が電話かメッセージをくれる。何も見ないで帰りたい。