「全部、俺のせいなんじゃ……」

「あら、被害妄想が趣味なの?」




コン、とおごそかに落ちた足音。

成瀬が顔を上げれば、喪服姿の姫華が立っていた。小さな黒の帽子についた繊細なベールが、薄化粧で色を均した顔をぼんやり暗く染める。




「シカク」




成瀬の弱った心臓がびくっと痛む。

思い返せば、彼女がそう呼ぶのは、きまって生きた心地がしないときだ。

良心の呵責に苛まれ、成瀬は立てた膝に額を擦りつけた。




「被害妄想、じゃない……。俺は……産まれてこなきゃよかったんだよ……」




不幸が不幸を招く。

産まれていなければ、出会わずに済んだのだ。風都や桜子も、……女王となった彼女とも。

後悔で身を滅ぼしてしまいそうだった。




「なぜ?」




しかし姫華は、緩慢に小首を傾げた。




「なぜそう思うのかしら」

「お、俺が、話してたから……俺がいたから……っ」

「原因はタイヤのパンクよ。あなたのせいではないわ」

「でも……」

「亡くなられたおふたりも、あなたにそんなふうに思ってほしくないはずよ」

「でも……でも……!んなこともう誰にもわかんねえじゃん!」

「わかるわよ」




参列者の泣き声が壁をすり抜け、サイレンのように響く。




「……そう、まだ気づいていなかったのね。それとも気づいているうえで、あえて認めていないのかしら」

「え?」

「あなたが私の元へ来た理由」





真実を知ったような口に、黒いレースの手袋をした手が添えられる。それによりわずかにくぐもって鳴った声音に、成瀬は膝上に乗せた頭を戸惑いがちに震わせた。




「それは……監督が、演技指導の一環で……」

「本当にそれだけのために無法地帯に送りこまれたと?」




押し黙る成瀬を図星と見透かすように姫華は目を細める。




「ちがうでしょう?」


――もっと自信を持っていいんだ。




風都が最期にくれた言葉。

成瀬は咀嚼するように息を呑む。空洞なはずの心にいやによくしみる。

たまに撫でてくれた風都の手の温度が、身体の内側に反すうした。冬風をも包みこむ温かさだった。




「産まれてこなければよかっただなんて、どこの馬の骨が吹きこんだのか知らないけれど。シカク。よく聞きなさい」




成瀬の前に膝を畳んだ姫華は、うつむく成瀬の頬に触れた。手のひらの圧で成瀬の顔が持ち上がった。

目線が交わる。どちらの肌も白いのに、成瀬のほうはモデルにあるまじき粗が目立つ。

姫華の硬質な口紅が、白く霞んだ。




「いつまでもそんな表情(カオ)をしているあなたを、どうしても助けたくて、誠一郎さんは洋館へ行かせたのよ」

「助け、る……?」

「それほどあなたが弱って見えたのでしょう。ふつうに生きることもままならず、流されるままやり過ごす生き方は、遅かれ早かれ終わりを悟ってしまうもの」

「お、俺、は……」

「そうなる前に誠一郎さんは教えたかったのよ。あなたがここにいる意味を。そして、自分をあきらめない術を」




“侍”。

神雷に居られる口実に使える役柄であり、己の身を支える力にもなる。それが成瀬のためになってくれると願い、風都はその名を託した。


自分で自分を守れるくらい強い意志を育ててほしかった。

姫華というかつての同胞とならば、意志が芽生えやすくなる、そう見込んで神雷に手を回した。

たとえトラウマに苦しむことになろうとも。


大丈夫、たしかに風都はそう言った。
心に剣を携えた仲間が、そこにいるから。




「いい?あなたは最初から守られて然るべき存在なのよ」




成瀬にとって必要なこと。大切なもの。

どうして気づけなかっただろう。




(俺……何も無い、わけじゃなかった)




ずっとそばで見守られていた。

生きることを望んでくれていた。


一緒に、生きていてくれたのに。



感謝を伝えたくても、今は届かない場所にいる。自覚するのが遅すぎた。

時間は有限。生命は思いのほか短く、日常は当たり前ではない。いつも突然、消えていく。

そのことを嫌というほど理解していたはずなのに、成瀬はまた涙を流してしまうのだ。




「罪も罰もあなたが背負うものじゃない」

「……っ」

「他にやるべきことがあるでしょう?」




姫華は親指の乾いた腹で成瀬の濡れたまなじりを拭った。質素なロングスカートをその手で押さえながら両足をすっと起こす。

成瀬も自ずと足腰に力が入った。




「弔いましょう、敬愛なる師を」




明瞭に輝くがあまり透過しかねない細い髪の毛は、喪に服する黒をも凌駕し、流れていく。磨き上げられた刃の光沢を彷彿とさせる輝きだった。




「私たち流のやり方で」