Q. ―純真な刃―






『本日の特集はこちら! ドラマのような奇跡を起こす、今話題の少年に迫る、スペシャルインタビュー! スタジオには通称“奇跡の子”、新道寺くんがお越しくださっています!』

『はじめまして。新道寺緋です。よろしくお願いします』




放課のチャイムが鳴り響く、西高の屋上。

立ち入り禁止のテープが貼られたそこに、遠慮なく侵入した成瀬は、湿った地べたに寝転がりながらスマホでテレビ番組を観ていた。


毎週夕方に生放送している、ローカルニュース番組。そのエンタメパートで週替わりの特集が組まれていた。

男性アナウンサーの隣に登場したのは、約1か月ぶりに見る少年の顔だった。




『新道寺くん、白園学園の生徒さんなんですね。制服とても似合ってます! おうちはたしか、あの有名な化粧品会社を経営しているとか?』

『はい、祖父母が設立し、今も現役で営んでいます』

『だからそんなに肌も髪もきれいなんですね! 特に髪の毛は、男の子にしては珍しく長く整えていますよね。僕、最初女の子かと思いましたよ。それ地毛ですか?』

『はい地毛です、ハーフなので。髪を切らないのは……願掛けのような、お守りのような、そんな感じです。正直、スキンケアよりもヘアケアのほうに力を入れています』

『そうなんですね! 僕はてっきり今放送中のドラマ【純真な刃】に触発されたのかと』

『あはは、だとしたら髪伸びるの早すぎませんか?』

『あ、たしかにそうですね!』




でもドラマも好きですよ、毎週リアタイしてます、と非の打ちどころのない微笑みとともにフォローが入る。成瀬とちがって綿密に気遣った彼の金髪は、彼の名前のとおりわずかな赤みを含んでいた。

この番組と同じチャンネルである【純真な刃】のポスタービジュアルが、画面にどんと挿し込まれる。新道寺と比較するように主役の成瀬の画が並ぶ。成瀬は予期せぬツーショットに少なからずうろたえた。




『新道寺くんについてもっと知りたいと思いまして、今回は……ジャン! 新道寺くんのプロフィールを用意しました!』

『うわあ、すごい。誕生日から経歴まで書いてある』

『新道寺くんが奇跡の子と呼ばれる所以もたっぷりお伝えします! 皆さんの記憶に新しいのはおそらく指名手配犯逮捕の偉業かと思いますが、奇跡の始まりは、約8年前。日本中が激震したあの事件――』



「――こんなとこにいたのか、成瀬」




ハイテクな画面の外、昨晩雨雪を降らせた寒空をバックに、ピアスをつけた蛇顔がドアップで現れた。成瀬はあわてて上半身を起こした。




「勇気……なんでここに」

「それはこっちのセリフだ。もう放課後だぞ。たまり場に帰らねえのか」




ふたりが学校で関わるのは、これがはじめてのことだ。

出入口の扉に飾り程度に貼られていた立ち入り禁止のテープは、見るも無残に引きちぎられていた。

首にマフラーを巻いて帰り支度万端な勇気は、いつでも出て行けるよう扉をわずかに開けっぱなしにしていた。




「……いい。ここで時間つぶす」

「例の宣告が起こるまでか?」




成瀬は放送を切ったスマホを触り、日付と時刻を出す。

2月1日、16時17分。
神雷のたまり場に投じられた怪文書の示す日だ。




「最近、たまり場にいても自室にこもってばっかだな。今みてえにスマホばっか見てんのか」

「……だったら?」

「退屈そうにしてんのに、それでも神雷(ウチ)から出ていこうとはしねえのな」

「……」

「わかりやすい奴」

「誰が」

「お前が」

「は?」




勇気は面白半分に息を蒸発させる。成瀬のスマホ画面に残る番組閲覧記録を一瞥し、許可もなく成瀬のそばに腰を下ろした。




「そういやお前って、神雷(ウチ)に居座って大丈夫なん?」

「なんで」

「一応、芸能人サマだろ?」

「バカにしてる?」

「スクープ! ドラマ主演成瀬円、暴走族と関与か!? ってなったらどうすんだよ」

「今更だな」

「それはそうなんだけど。誠一郎さんからの申し出とはいえ、ドラマに支障出んのは嫌だし。特に汰壱が」

「問題ねえよ。俺の事務所でかいし」

「事務所の力かよ。権力やべえ」




まっとうな芸能人とは程遠い成瀬は、記者にとってはネタの宝庫だ。

暴走族に片足を突っこんでいること以外にも、家出少年疑惑、デビュー前の女遊び、仕事に対する怠惰な姿勢などなど。掘ればどんどん出てくる。

そんな問題児のスキャンダルは、今まで何回も事務所側がもみ消してきた。おかげさまでマスコミ界隈では、成瀬はすっかり疫病神扱いだ。




「それに、そんなことでドラマの評判は落ちねえよ。だから監督も俺に神雷を教えたんだろ」

「へーえ」

「……なに」

「よくわかってんだな」

「……別に。3か月くらいずっと一緒にいるし」

「お前がすげえ懐いてるってことだよ」




昨日黒染めしたばかりの成瀬の頭を、勇気はかき消す勢いでかき乱した。




「うわ!? ちょっ! やめろよ!」

「はじめて会ったころから変わったな、円」

「お前もな、勇気」




成瀬は粗末に勇気の腕を押し返す。しかし勇気にはどこ吹く風で、快活に喉を開けた。




「円も何気にそうとう好きだろ」

「はあ? 何が」

「誠一郎さんのことも、神雷(俺ら)のことも。無論、女王のことも」

「……どうかしてるぜ」




雲を飛ばすように笑う勇気に、成瀬はそっぽを向く。


成瀬の心はずっと空っぽだ。
そのくせ傷だらけで、あらゆるものが欠如している。

“ふつう”を知らないからこそ憧れ、それっぽく生きてきた。

そんな自分に、愛情とか信頼とかいうフィクションめいた感情はひどく不釣り合いに思えた。




「やっぱ円はわかりやすいな」




顔を背けていてわからないはずなのに、勇気の見方は変わらなかった。

どこか呆れたような物言いで、成瀬はむっとして視線だけ向ければ、腕をぐっと引き上げられた。




「ほら行くぞ」

「い、いや俺はあとで……」

「んなこと言ってたら日が暮れちまうぞ。早くしろ。誰かが神雷(俺ら)のこと待ってんだから」




冬は、日が短い。

暇をつぶす時間もなく、勇気の先導で成瀬は渋々屋上をあとにした。

校舎を出るころには、西日は暗幕に取り込まれていた。