力をこめてコンクリートの地面を打ちつける。体力の消耗が激しく、早々に息が切れた。

小賢しく付け入る勇気と汰壱が、左右からそれぞれ銀の光沢を舐める刀身を振りかざす。

夜目がいやに冴える。勇気は脇が甘く、汰壱は前に出すぎていた。おそらくわざと突破口を残してくれていた。

成瀬は身を屈めながら汰壱の背後を取り、続けざま勇気の剣さばきを見納め、お疲れと言わんばかりに汰壱の背中と勇気の懐をぽんと叩いた。

のちに編集で仰々しくされるであろう一撃で、勇気と汰壱はまるで浄化されたように倒れこみ、立派にやられ役を果たした。


ふたつの屍を越えた成瀬は、襟元を這うひねくれた髪をふっと浮遊させて天を仰ぐ。

帳を下ろした空まで、たまり場みたく煤けた暗色。方角を教えてくれる明かりは、跡形もなく塗りつぶされている。


しかし成瀬が見上げた瞬間、たったひとつ、逃げ延びた光が流れた。




(な、流れ星? ……いや)




手を伸ばせばつかみ取れそうなほど近くに感じた。

ごく小さな光は頭上を一直線に駆け抜ける。一瞬のことだったが、目で追えなくはない速さだった。


汗ばむ首筋に、刃より研がれた冷気がかすめる。

ぞわぞわっ、と、また、血管が震えた。


――ガッシャン……!


成瀬が身をひるがえすが早いか、事件性のある騒音が辺り一帯に響き渡った。



「きゃあああっ!!」
「なに今の音!?」
「機材トラブル?」
「音はここじゃなくてもっと遠くからして……」
「皆、落ち着け!」



戦々恐々と音の出処を探す利央やスタッフに、風都はカメラを止め、現場指揮官として皆に身の安全と道具の確保を優先させる。

幼少期から虐待を受けていた成瀬は、すぐにガラスが割れる音だとぴんときた。


事実、洋館の1階の窓がひとつ、無惨に壊れていた。

……そこは、女王のいる広間ではなかったか。




(討ち入り? さっきの光は? 何? 何だ。いったい何が)




気づけば成瀬は洋館のほうへ走り出していた。




「……っ」

「あっ、おい待て円! ……お前らも!」

「ソーリー、セーイチロー殿」




先ほどあれだけ熱を上げていた監督の判断を待たず、役になりきり地面に伏していた勇気と汰壱も、いち早く臨戦態勢に入った。

汰壱は女王の元へ、勇気は敵の捜索へ。
ほかにエキストラをしていた下っ端の半分が洋館周辺の守備、もう半分が勇気のサポートに回った。


ボール遊びしていたら隣の家に入っちゃった、なんて空き家だらけのこのエリアでは言い訳にもならない。だから偶然神雷のたまり場に何かが当たることも、起こり得るはずがないのだ。イキった小悪党のいたずら、にしては度が超えている。




(ちげえな、俺らは油断してたんだ)




犯人探しに尽くす勇気は、墨汁をすすらせたような羽織りを脱ぎ捨てながら、己の失態に頭を深く痛めた。

忘れかけていたが、年明け前に出来の悪い侵略もあったではないか。半年に一度あるかないかのことで、しばらくはないとあぐらをかいてしまっていた。

やりあうとしても、もっぱら繁華街のほうに出向き、取り締まることばかり。たまり場内は常に安泰が保たれ、特に今日は大所帯でのイレギュラーイベントもあり、いつもは敏感な殺気に誰ひとり気づけなかった。

これを油断と言わずなんと言う。


いつ何が起こってもおかしくないのに。


火に油が日常茶飯事の裏社会。傷つけた分だけ傷つき、奪われた分だけ失うものがある。

どんなに低い可能性だろうと切り捨ててはいけなかった。


勇気は腰の刀が模造刀であることを思い出して歯噛みする。




(あそこには、俺の、俺らの、大切な――)


「――女王様っ!!」




いの一番に洋館の広間に駆けつけた汰壱は、学校に通っていない留守番組の仲間が数人、砕け散った窓ガラスを片付けているのをまず確認する。ほかにも残留していたメンバーは勇気同様、証拠集めのため汰壱と入れちがいで出払われた。




「女王様は……女王様はいずこに……!?」

「はっ、はっ……あいつは……?」




遅れてたどりついた成瀬が、汰壱をも押しのけ室内へみだりに足を踏み入れる。

氷塊のような破片が、おぼつかない足取りの靴を引っつかむ。

まんまと足を取られ、ガタンッと長テーブルに手をついた。裸で置かれていた軽量なソーサーが、危なっかしくジャンプした。




「あ……」




そこで成瀬が動かなくなったのは、何もギザギザな痛みにくじけたからではない。

長テーブルの陰に、薔薇が咲いていたからだ。