ようやく皿の底が見えたころ、ダイニングホールの扉がバン! と開かれた。




「てめぇら! 準備が整ったぜ! 早く来な!」




勇気の号令が、動物園みたいな部屋にくまなくとどろいた。

ふざけた喧騒がぴたりと鎮まる。あれほど唾を飛ばしていた汰壱の大口も、途端におとなしくなった……かと思いきや、勢いよく米をかきこみ始めた。

ごちそうさまでした! と立ち上がる汰壱に続き、ほかのみんなもさっきよりボルテージを高め、一斉にダイニングホールを出て行った。


わくわくとしながらもドラマ視聴中にはなかった締まりのある空気。成瀬は少しの緊張を覚えた。主演ドラマを本人がいるところで観られてもなんとも思わなかったのに。


大階段を挟んで対角側にある広間へ移動すると、長テーブルの誕生日席に女王が待ちかまえていた。

卓上には使い捨てのスマホが1台。繋がれたコードの先には、数人の下っ端が監視しているノートパソコンがある。


声をかけようとした汰壱に、勇気が無言でストップをかける。

呼ばれて来た彼らに気づいた姫華も、橋を吊らす唇に人差し指を立てた。


お膳立てされた沈黙に、小気味よい機械音が際立つ。

ジリジリ、ジリジリ……。
まもなく、パチ、と噛み合う音が跳ねた。

スマホの画面がパッと白飛びする。


姫華は毅然と笑みをたたえた。




「夜分遅くに失礼――武器商人さん」




準備が整った、とはつまりそういうこと。

神雷はついにたどり着いたのだ。いくら捜せどしっぽをつかめない黒幕との連絡手段を。


街に流通した武器に埋められた、GPS機能搭載のオリジナルチップを逆手に取れば、大元のデバイスを突き止められるのではないか。

と、汰壱の専売特許(ヒラメキ)で、事は大きく進展した。


計算どおり、武器の位置情報を統括しているデータの逆探知に成功。足がつかないように端末の権限を欺き、通信環境を都合よく整えるプログラムを打ちこんだ。

そこまでスムーズに運んだものの、データには頑丈にロックがかかっていて、秘密度の高い情報はなかなか盗めず、ひとまずデバイス本体のコントロールにシフトチェンジした。

デバイスに直接アクセスするのにローディングの過程はスキップ不可能。年始で、冬休み中で、なかには冬休み最終日の人もいる状況下で、電波の回線が混み合い、通常の倍、時間がかかりそうだった。


そこで、数人を残し、待機がてらドラマ鑑賞していたというわけだ。特に汰壱は神雷の頭脳と尊称するにふさわしい仕事ぶりで、思う存分羽を休ませることが次なるタスクのようなものだった。

そうしてドラマ1話分とその感想を語れるくらいのほどよい時間をかけ、電子空間の主導権をじわじわと奪い、支配完了。


任務継続組の勇気がみんなを呼び戻して、現在。チャットアプリから強制的に通話をかけ、女王が代表して仕掛けにいった。




『……! ……!?』

「驚きすぎて声も出ませんか。休みなく準備した甲斐があるというものです」




ボイスチェンジャーで成人男性の声になりすましながら、姫華の視線はこの場を整えた汰壱を筆頭とする功労者に向けられた。

汰壱は謙虚に頭を横に振り、固唾を飲んで動向をうかがう。その姿勢はこころなしかドラマのときより気持ちが入っているように見え、成瀬はしれっと半歩距離を取った。




「電話を切ろうとしても無駄ですよ。アプリを閉じても電源を落としても、通話状態のままになるようプログラムさせてもらいましたから」

『……ずいぶん手荒な真似をしてくれますね』




ざわっと夜風が逆立つ。

スマホのスピーカー機能で反響した武器商人の声もまた、機械的に加工されていた。声音を別人に整形させる姫華とは異なり、ニュースでよくあるモザイクがかった声だ。


変声までのスピード感、用意周到さ、おそらく日常的に使っている技だ。交渉時もソレでやっているのだろう。

年齢の断定はできそうになかった。ましてや唯一の手がかりである「赤い爪の男」というキーワードさえ、ゲーム中毒のような発声ではガセネタのように思えてしまう。

本当に、嘘の可能性はないのだろうか。そう邪推するのは、実際、成瀬しかいなかった。




「手荒な真似だなんて。あなたも他人のことを言えないでしょう?」




突然の変声期なんざどうでもよさそうに、姫華は通話画面を見下ろした。




「私の庭をよくもまあ好き勝手荒らしてくれましたね」

『はて、何のことだか』

「冗談がお好きなようですね。あなたの武器(コレクション)は冗談では済まされない数ですが」




ジ……ジリ……。

かすかに磁場が乱れ出す。ノートパソコンに表示される音の波形にも異常な振れ幅が見て取れ、監視係の下っ端が即座に姫華にアイコンタクトして示した。

やはりと言うべきか、相手も一筋縄ではいかない。身バレ対策だけでなく、ウイルス対策も早速講じてきた。


長話はしていられない。ひと呼吸置き、姫華は口角を閉ざした。




「とぼけるおつもりなら仕方ありません。返却はあきらめて、売却してしまいましょう。取引したがっている、例のボスにでも……」

『……ボス?』




思わず成瀬も反応しそうになった。その横で汰壱と勇気も、ほぼ同時に成瀬を見やる。




『ボスって……』

「はい、ボスと呼ばれる方が、興味を持たれているようで。家にあっても邪魔なのですべて売りさばいてしまおうかと。改造武器も、入手経路も、すべて」




あぁ、ですが、あなたには関係のないお話です、冗談なんですもんね?

わざとらしく冗談めかして言うと、苛立ったようにノイズが増えた。




『……あなたは何者ですか』

「名乗る必要がありますか?」

『マナー違反です』

「守るべきルールがここにあるとでも?」




この洋館は、治外法権の領域。レッドカードはむしろ褒賞の一種。だからこんなことを堂々とできてしまえる。

電話の向こうも、きっと。




「わざわざ言わせなくても、あなたはもうご存知でしょうに」

『……あいつら側につくんですか』

「何のことです?」

『同類だと、思っていたんですが』

「そういうあなたこそ何者なんですか」




無機質な吐息が落ちる。ジリ……ジジ……ザアア……。波形を描く指揮棒に自我が生まれていく。

広間の扉側に密集する成瀬ら観戦者は、答えを今か今かと、いやに気を揉んでいた。