「なあ」




人目につかないルートで校舎裏に出ると、引きずられるがままに歩行する成瀬がぼんやりと口を割った。

毛並みのいい襟が、目元に陰を落とす。なのに、もう見えるはずのない新道寺の姿が、細部まで鮮明に視えていた。


あの髪。
あの顔。

あの、手。




「あいつって……」




真っ白な布に埋まっていく、あの手。

遠目でも成瀬にはわかった。


あの手の先端が、充血したように赤らんで――。




「ついたわよ」




足が止まり、思考回路も止まる。
成瀬の言葉に続きはない。


いつの間にか外壁前に来ていた。

姫華が花壇に生い茂る草花を押しのけ、壁の一部を触ると、格子状の隠し扉が出現した。各エリアに必ず設置されている、緊急時用の非常口。白園学園の生徒にしか知らされていない極秘情報のひとつだ。




「ここから逃げなさい」




さあ、早く。
捕まってしまう前に。


姫華の手が押し出すように離れる。

陽が沈み始めていた。

成瀬はなぜだか泣きそうになった。めずらしく何事もなく終えられたのに、ざわめく心臓にはたしかに虚無感が育っている。




「でも……」




でも?

でも、何だ。

何を言おうというのだろう。こんなところ一刻も早く脱出すべきなのに。




「心配しないで。生徒会長の入園データは私がなんとかしておくわ」

「そ、そうじゃなくて……」

「あなたは逃げなさい」




スカートの裏で細身の刀が体温を奪う。

成瀬は釈然としないまま、コートで頭巾みたく身を隠し、脱兎のごとく扉を越えた。

高級車が渋滞を起こす道路に、神雷の所有車が紛れていた。反対車線をパトカーが駆けていく。


自分の知る世界ではないようだった。