石畳の道路を踏みしめるたび、冬風にまくしあげられたスカートが太ももにへばりつく。タイツがパチパチと反抗するも、上等な布地はまとわりついて離れようとしない。
否応なしに脚のシルエットを晒される。すとんと落ちた、やや痩身気味のフォルム。その付け根あたりだけ腫れたように膨張している。スカートの下に仕込んだ、日本刀を模造した小刀のせいだ。
成瀬はあわててコートの前を閉めた。
『――侍にはマストでしょう?』
汰壱に学生証と一緒に渡された、護身用の武器。
侍になりきって撮影してきたばかりの成瀬は、その異名に不自然さを感じることなく、小刀を右の太ももに沿うようにして装備した。
刀身を柄の内側におさめ、太ももの半分以下のサイズになった刀は、ひと振りで自在に伸縮でき、最長で股下の長さにまでなる。
今はこの小刀だけが唯一の確固たる安心材料だった。
成瀬はひとまず潜入成功をイヤホンを介して報告し、高等部エリアに向かう振りをして監視カメラの死角に入った。
中等部校舎には思いのほかすんなりと侵入できた。道中ヒールの靴を脱いで忍び足を要したり、スカートの防寒能力の低さに発狂しそうになったり、コートのファーが身を隠すのに邪魔だったり……まあいろいろあったのだが、無事に到着したので割愛とする。
校舎の外周を這い、終業式中の体育館に向かう。
叩きこまれた道順のとおりに進むと、芝生のサッカーコートと馬小屋に挟まれた位置に目星の建物はあった。成瀬の知識上とたいして相違ないアーチ状の屋根をした外装に、すぐにあれが体育館だとわかった。
高等部生徒会長役という便宜上、中学生の大群に堂々と突っこむのはまずい。そうっと体育館の地窓から中を覗きこんだ。暖気をほんのりと感じる。
息で窓ガラスが曇ってよく見えないが、茶色いズボンやスカートが大量にあった。窓が小さくてそれ以上は見えず、特定の生徒を見張るには不向きだった。
すると、中にいる数多くの制服姿が一斉に動き出した。
終業式が閉会したようだ。
成瀬は外壁に体をぴったりくっつけながら、入口からぞろぞろと出てくる中等部生徒に目を凝らした。
「終業式長かった〜」
「でもこれでやっと冬休みだね! 楽しみ!」
「まだホームルームあるけどね」
「それにしても新道寺さん、本当にすごいわね。指名手配犯逮捕だなんて」
「なんでもヤクザを撃退したらしいぜ。お付きの人じゃなくて緋自身がやっちゃうところが末恐ろしいというかなんというか」
「……あんなことがあったのにどうして強く在れるのかしら」
「奇跡を起こす力が、あるんだろうな」
「たしか会社のほうも業績ナンバーワンだったよね」
「家も個人も波に乗ってるなあ」
「俺たちも見習わないと!」
渡り廊下を歩いて校舎へ入っていく少年少女。発展途上な外見とは裏腹に、達観した思考、着飾った言葉遣い。話題に上がるのは、たいがい冬休みか噂のニューヒーローかのどちらかだ。
「しん、どうじ……新道寺 緋……」
成瀬は飴玉を転がすようにその名を含んだ。ガリ、と奥歯を噛みしめる。寒さのせいかすぐに歯が浮いた。
当の人物はまだいない。
何百といる生徒からただ一人を見つけ出すのは気力がいる。たとえ他と見分けやすいトレードマークがあったとしてもだ。
冷たい風が眼球を乾かす。集中力がぶれ始める。身を隠すこの体勢もつらい。後頭部を壁につけ、目を閉じる――その寸前。鮮烈な光が視界に飛びこんだ。脳の信号がくだるより早く瞼が落下する。
はっとして瞼を押し上げ、光の出どころをたどった。
体育館の扉を通れるぎりぎりまで広がって出てきた群衆。大勢に取り囲われたその中心に、富の豊かさを彷彿とさせる黄金を頭部に生やした生徒がいた。
その華美な輝きを放つ髪の毛は、うしろ姿をカーテンのように包み、ふとした横顔をも秘めてしまえる。
それでも成瀬は迷いなくイヤホンをノックして音声をつなげた。
「見つけた」
あのブロンド、腰上の髪の長さ、何より周りの注目具合……間違いない。
あれが護衛対象の、新道寺だ。



