「で、なんで俺?」
説明が幕引きそうな空気を感じ取り、成瀬は待ったをかけた。まだ何も納得できていない。
「この中で一番髪長ぇし、女っぽいし」
「ホットなアクターですし!」
「それに、ほら、今まで何回も詐欺ってんだし、もっかいやったって同じっしょ」
「雑だなおい」
昨日もそんなふうなことを言われた気がして、成瀬は昨日NOと言わなかった自分を憐れに思った。
昨日ので味を占めた副総長たちは、成瀬に謎の信頼を置いている。ありがた迷惑な話だった。
大前提、成瀬は演技が得意なわけじゃない。オファーが来るから俳優業をやっているだけで、本業はそれっぽく立っているだけのモデルだ。早朝のドラマ撮影で何度リテイクをさせられたことか。
「お前らがやればいいじゃねえか。捜査とか、そういうの慣れてんだろ」
「白園学園のセキュリティーは国内トップクラスですよ。忍び込めるのはせいぜいひとりが限度です」
「つまり適任者が行くのがセオリー、だろ?」
「いやいやいや」
成瀬は首を振ろうにも、ヘアアイロンやらメイク道具やらを武器のようにかまえた下っ端数人に頭を固定されてしまう。髪の毛をじゅわりと加熱され、顔面をブラシでくすぐられた。撮影でのヘアメイクを落とさずに退勤したので、ほとんど手を加える必要ないだろうに、無駄に張り切った下っ端は無駄に手を遊ばせていた。
「セキュリティーくらいお前らならいくらでも細工できんじゃねえの?」
「Huum……やろうと思えばできますが」
あ、できるんだ。
成瀬は自分から聞いた手前、反応に困った。
「今すぐはむずかしいですね。あいにくボクはスーパーマンではないので。なにごとも時間が必要です」
「俺にも必要だ。時間。寝かせろ」
「あ、ちなみに女王様の命ですよ?」
「は」
「逆らう気か?」
「Yes or……?」
「…………はぁ、イエスしかねえんだろどうせ」
「OK. よくできました」
実を言うと、女王からは特に指名はなかったのだが……ここで掘り返すのは野暮だろう。
黒髪ストレート、ピンク系メイクでオンナの皮をこしらえた成瀬の見映えに、みんな満足していた。少しばかりケバいのはご愛嬌だ。
成瀬はやさぐれて、汰壱の差し出した80デニールの黒タイツを自ら両足に突っこんだ。
「もし仮に敵襲されても俺じゃ盾にしかなれねえからな」
「Don't worry. 勇気率いる援護チームが、学園外周に配備しますので」
「円はただ新道寺って奴を見張っとけ。あ、あと、なんかあったら即連絡な。内側のことは俺らにゃわかんねえし」
難攻不落な防衛対策を敷く学園内にいるほうが、一定の安全を保障できる。それもあって戦闘に不慣れな新人の成瀬を潜入班に選定したのだった。
言い換えれば、敵も無闇に立ち入ることはできないということ。警察にバトンタッチする前に鉢合うことになるとすれば、敵が強行突破してきた場合だろう。そうなったときは、勇気たちの出番。成瀬はとにかく護衛に専念すればいい。
護る、その一点においては、成瀬はもはや素人ではなかった。血にも肉にもしみついた、烙印のような、疾患のような。元紅組の殺気をもろに食らった、内側の負荷。消えない鈍痛が成瀬をつかみあげる。端から逃げられやしないのだ。
「You can do it. ボクは応援しています!」
「そう言う汰壱は? 何すんの」
「ボクのチームは居残りです。ほかにやることがありまして」
「やること?」
汰壱の視線が階段脇に振られる。巨大な箱を乗せた台車が放置されていた。
箱の中身は、ハンドガン、包丁、金属バット、クナイ――鉄臭さと鈍い光を硬化させた凶器だらけだ。
武器商人の捜索と同時進行で、街に流通した武器の回収を進めていた。そろそろ箱がいっぱいになりそうだ。
武器には位置情報を特定するチップが内蔵されている。
と、昨日千間伝いに知らせを受け、早速電波阻害の特殊な効果を付随させた箱を用意し、チップの摘出作業に取りかかった。
複雑な構造を一目で把握できる頭脳、俊敏で器用な手先をあわせ持つ汰壱が司令塔となり、片っ端から武器を解体し、チップを壊しまくっている。それでもまだ半数以上残っているうえに、次から次へと武器が発見され、終わりが見えない。
寝る間も惜しんで街中を走り回り、たまり場では地道に神経をすり減らし、成瀬とはまたベクトルのちがう多忙な半日だ。
給料も出ないのによくやるよ、と成瀬はチャンキーヒールに履き替えながら思う。
コンディションは最悪で、休息しないと疲れは取れないのに、機械仕掛けの歯車のように動き続けている。
電源を入れるのは、いつだって、我らが女王様だ。
「何かあったときはボクらも駆けつけます!」
「指名手配犯じゃなくて商人のほうが釣れたらありがてえんだがな」
「はあ……」
学園内に女王もいるからそんなにやる気なんだろう。
とはいえ自分より疲れているはずの人に「疲れた」「眠い」と言えず、とうとう言葉まで奪われた成瀬は、やるしかないと腹をくくり、早急に支度を終わらせた。



