同時刻。

神雷のたまり場では。




「な、なんだ、お前ら……っ」

「ミスター成瀬、御覚悟を!」

「ふっ、悪いようにはしねえさ」

「い、いやだ……っ、やめろ……やめろーーーー!!!」




成瀬の絶叫が、外まで響いていた。


早朝にドラマ撮影現場入り、昼に実家に寄り冬休み用に替えの服を見繕ってきた成瀬が、くたくたになってこのプリンアラモードほどに贅沢な館に帰還すると。

待ってましたと言わんばかりに神雷構成員総出でもみくちゃにされた。

そんなに俺が恋しかったか、とボケる余裕もなければ、元よりコミュ力もない。


汰壱が女物の服、勇気がメイク道具を携えているのを見れば、おおかた察しはついた。昨日、半グレチームのボスにさせられたときとよく似た状況。俗に言う、デジャヴ。

物理的な強制力が成瀬の自由を奪う。ついでに、荷物も、衣服も。




「ふざけんな、まじで……」




窒息しそうな密集からやがて開放されると、成瀬はこれ以上ないほど顔を赤くさせた。

身につけていたダウンとジャージ、手荷物まで追い剥ぎされ、代わりに履かせられたのは、膝下丈のスカートだった。




「何なんだよこれ!!」




ただでさえ、2週間ぶりに帰りたくもない家に帰り、気分をおおいに害していたのに、何が悲しくて女装しなければならないのか。股下がスースーして風邪引きそうだ。

しかも怖いのが、この服がよくある服じゃないこと。ミルク濃いめのミルクティー風の色味をしたジャンパースカート、そのミルクを抽出したようなボレロとブラウス――白園学園の女生徒用の制服だった。




「女王様の予備の制服です」

「よかったな、着られる機会なんぞこの先絶対ねえぜ?」

「一生なくてよかったよ!!」




してやったりなW副総長に、成瀬の切実な主張は無効化されてしまう。

もしかしたら着せ替え人形か何かと勘違いしているのかもしれない。まあ実際、仕事の大半はそんな感じだから、成瀬は下手に反論できなかった。女装もこれがはじめてではない。

……が、それはそれとして。




「俺の服返せ!」

「そりゃ無理な相談だ」

「そうです、ミスター成瀬にはこれから白園学園に潜入してもらわなければなりませんから!」

「は? なんて?」




おかしい、急に聴覚の調子が悪くなった。




「ですから、我らが女王様の通う白園学園に、今から潜入してもらうんです」




何度確かめても、同じように聞こえる。成瀬は図らずも自身の疲労を思い知ることになった。




「今朝の集会で急遽決まったんだ。まあ、あのニュース知っちまったら、対策しないわけにはいかねえよな」

「……ニュース?」

「あれ、円、知らねえの? ああ、情弱そうだもんな」

「勝手に納得すんのやめてもらっていっすか?」



今日は朝から仕事でニュース見る暇もなかったんだよ! と悪態をつく成瀬だが、別に普段から新聞やネットニュースはおろか、テレビや携帯をチェックする習慣も持ち合わせていない。




「ニュースというのは、紅組残党の件です」




汰壱は冷静に教えながら、ちゃっかり成瀬の襟元に赤いリボンを通し、潜入の支度を進める。




「昨晩、指名手配のかかっていた紅組残党がまたひとり逮捕されたんですが、白園学園の生徒が助力したそうなんです」




成瀬が思い浮かべるのは、やはり姫華の顔だ。

記憶に新しい、大階段のレッドカーペットで見つけた血痕。返り血だと、姫華は言っていた。心配はいらないとも。




(そう言ってたのに……表沙汰になっちまったのか。それでよく登校したな。どうせ終業式なんだしサボりゃいいのに)




姫華の私物を(意思関係なく)身に着けても、本人に扮することはできず、考えも量れなかった。




「ニュースペーパーには顔と名前も出ていました」

「えっ」

「中等部の、新道寺という方です」

「え……しん……え?」




想定外の名前に、成瀬はガニ股でフリーズした。




(え、だって……昨日、返り血……)


「……ふふ」




ふと、汰壱が噴き出した。

ホールにいる全員がハテナを浮かべる。汰壱はあっ、とわざとらしく口を手で覆った。けれど成瀬を見る目もにやけていて、結局何も隠せていない。




「な、なに」

「いえ……ミスター成瀬も、やっぱり気づいちゃうんですね」

「え?」

「本当は女王様の手柄だってこと」

「ああ……いや、まあ、だって、そりゃあ……」

「ははっ、たしかに! もう一人前の下僕だな!」




勇気もほかのメンバーもうれしそうに笑い出し、成瀬はなんとも言えない面持ちで首を掻いた。一人前の下僕って何だ。




「ミスター成瀬、That's right. 指名手配犯を懲らしめたのは、女王様に間違いありません。どうやら千間さんに明け渡す前に、噂の中学生が運悪く発見してしまったようですね」

「女王と入れ違いで来ちまったのかもな。現場が駅近の雑居ビルで、夜も人通り多いし」




汰壱と勇気は依然笑顔だが、わずかに苦渋がにじんでいる。女王がまたひとりで執行していた裏で、武器商人を見つけられずに朝を迎えてしまったことに、どうしてもやりきれない思いがあった。




「まさか……手柄横取りされたから報復しようと……?」

「んなわけねえだろ。見つけちまったもんはしゃーねえし、どう公言しようとどうだっていいよ。女王が変に目立つよりか全っ然マシ」

「問題は……指名手配犯をやっつけた当事者として身元が公表されたことにあります」




――奇跡の申し子! 今度は指名手配犯逮捕のお手柄!


その見出しとともに周辺地域に報じられた、小さな嘘。

本来無関係であるはずの一般市民が、一躍ヒーローとして名をあげた。


ヒーローには敵が付き物だ。

いずれ、必ず、敵が攻めに来る。今もどこかに潜んでいる指名手配犯が。

邪魔者は徹底的に排除する元紅組の性が黙っているはずがない。なぜか彼らを追う武器商人も、目をつけているかもしれなかった。


そこらへんの新人モデルより有名になったヒーローは、本名・顔写真・出自・学校名まで拡散されている。どうぞ狙ってくださいと言っているようなものだ。

消そうと思えばいつでもやれる。


女王の身代わりだとも知らずに。


犠牲が出てからでは遅い。すぐに警察に相談した。

残念ながら千間は別件対応中。試しにふつうに通報もしてみたが、やはりと言うべきか、まともに取り合ってもらえなかった。

未確定の事象にいちいち付き合ってくれるほど警察は暇じゃない。それが未成年の話ならなおさら。千間のような刑事のほうがめずらしいのだ。

そこで、千間さんに連絡がつくまで、神雷でそのお手柄中学生を警護することにした。潜入捜査はその一環だ。