歴史ある伝統を思わせる校舎に、いかにも羽振りのよさそうな見た目の設備と生徒。事実、多額の寄付金によって設備は毎年新調され、富の一部を分け与えた名家の跡継ぎが一生徒として学校生活を謳歌する。

そうした単純で破格な経営で、教育面のみならずセキュリティー機能も高水準を保つ、国内最大規模の名門校。

私立白園学園。

日本の上位層を占めるエリートの卵が通い、名実ともに未来を担う学び舎である。


そんな白園学園も、まもなく冬休み。

高等部敷地内に構えるコンサートホールまがいの講堂では、高等部在校生総勢約400名が一堂に会し、終業式が始められた。

前方ステージのスクリーンに学園長の顔が投影された。現在グローバル化に向け動いていると噂の学園長は、東アジアのどこかに出張中らしく、わざわざ中継をつないで式に参加した。同時進行で執り行われている初等部・中等部の各会場でも、まったく同じ映像が流れている。


講堂の最前列に座する姫華は、やや白けた目で平たい老顔を眺めていた。

たかが終業式にここまでする必要があるのだろうか。ご挨拶ひとつとっても仰々しいことこのうえない。昨日あった終業式のリハーサルでも、この中継作業に一番手間暇がかかっていた。

姫華は中等部からこの学園に世話になっているが、いまだに理解しがたいことばかりだ。


当の学園長は別になんとも思っていないようで、終始ごきげんに話している。おかげでよく話題が脱線する。おえらい立場の人はたいがいおしゃべりであるが、就任するにあたってそういう訓練でも受けさせられるのかもしれない。




「そういえば今朝方、警察の方から連絡がありましてね。何事かと思ったら、お宅の生徒のおかげで指名手配犯を逮捕できました! ありがとうございます! と。寝起きなこともあってそりゃあもう驚きました。我が校にそのような勇敢な生徒がいたなんて!」




テンションが高まるに比例して語気が強まっても、こちらで音量調整できるのはリモート参加の利点といえよう。ところで終業式の挨拶はどこへいったのか。




「どこかで本人も聞いているかな。中等部の新道寺(シンドウジ)さん! もしいたらぜひ起立してください。君の功労に敬意を表し、みなさん拍手を送りましょう!」




姫華のいる高等部用の会場には言わずもがな中等部の生徒はいない。だからといって拍手をしないような無礼者もいない。きちんと全員が心をこめて手を打ち鳴らした。


もちろん姫華も、手の内に空気を含むようにして、ひときわ響きの良い音を繰り出す。

しかしその顔つきはどこかテストの難問に向き合っているような鬼気迫るものがあった。




「今度、警察庁長官より直々に表彰してくださるそうですよ。まったく、学園長として鼻が高いです。あっはっは! どうやら今日の地方新聞にも大きく取り上げられているようなので、よかったら皆さんも見てみてください」




そう言われる前から新聞をチェックしているのが、白園学園の生徒である。

教室では朝からこの話題で持ちきりだった。今も、姫華の後列にいるクラスメイト数人が、口々に話している。




「新道寺……あの化粧品会社の跡取りか」

「見出しには『奇跡の申し子』と書かれていたわね」

「はあ~、すげえ人生。神様に愛されているのかもな」

「また株価上がるんじゃない?」




普段は私語を慎んでいる彼らも、さすがに黙ってはいられない様子だった。同じ階層にいる子息や令嬢として、それぞれ思うことがあるのだろう。

それは純粋に尊敬かもしれないし、嫉妬していてもおかしくなかった。

どれも姫華には無縁のものだ。とはいえ無関心でもいられない。




(……奇跡の申し子、ね)




姫華は失笑を隠すように肘掛けに肘を置き、頬杖をついた。長いまつ毛がそっと下を向く。

水面下でひそひそと語られる事実、予測、感想。絡まり合う複雑な思い、そして、印象的な既視感。ため息が出るのも仕方がない。


ただ、学園長の長話に対する愚痴はひとつも出されないまま、先に学園長の話が幕を下ろした。

だがあいにく、ご挨拶ターンは続く。次は、在校生による終業式の挨拶だ。

姫華は静かに腰を上げた。そう、今から挨拶という名のスピーチをするのは、ほかでもない姫華だった。

本来生徒会長の役目なのだが、タイミング悪くインフルエンザにかかってしまい、急遽3日前に代打を務めることが決まった。たまたま職員室を通りかかったばっかりに。


壇上にのぼると、3階席まで段々畑式に連なる景色が一望できる。なかなかに奥行きがあり、ヒールの音がまるでオルガンの音色さながらに広がる。学校行事レベルで消費されてはいつまでも元を取れないであろう造りだ。

等間隔に点々と生えた、まったく同じアイボリー色の制服に、黒か茶の頭。一列にひとりの確率で突然変異のような色もうかがえるものの、姫華には天井のシミとさほど変わらなく感じた。


むしろ、3階分の座席を占める生徒たちのほうがよほど、目先に現れた絶世の一番星に、心を震わせている。広大な絶景を拝んだときの感動、あるいは、そこが断崖絶壁の山頂であったときの緊張によく似たそれが、心の内にたしかな現実味を持って描かれた。

姫華のことを知っていようがいまいが、まんまと信じこまされる。とんでもないお嬢様にちがいないと。

正しくは、言わずと知れた暴走族・神雷の総長様なのだが。


汚れをすっかり洗い落とした姫華は、高潔な香りを放ち、微笑みに一点の陰りなく、一挙一動が優美で絵になる。見れば見るほど本物のお嬢様だった。

うっとりとした数多の視線をものともせず、姫華はマイクの前できらりと色素の薄い長髪を流した。


しびれるような静けさに、どこかの誰かがごくりと喉を締める。

マイクのスイッチが点く。誰もが想像したとおりの美声が、遠くまで響いた。




「在校生代表、3年A組――千間 姫華です」