「言ったでしょう?」




やさしく笑いかける。その実、腫れた頬はどうしようもなく引きつり、泣き顔のようでもあった。




「私が、みんなを守るって」




もはや執念ともいえる正義感。
人並み外れた自己犠牲精神。

誰よりも先に地下牢に閉じこめられ、けれど誰よりも、心がきれいだった。




「私には、みんなを守る義務がある」




マル。

もとい、商品番号、0番。

ボスが連れてきた、最初の子。


最低最悪な血筋を分けた、正真正銘、ボスの実子である。



生みの親を反面教師にして生きてきたマルにとって、親の不始末によって傷ついた被害者を身を挺して守るのは当然の使命だった。

逆に、ほかに誰が守ってくれるというのだろう。実父が主犯な時点で詰んでいる。

自分とそう変わらない年ごろの子たちを、みすみす地獄に堕とすわけにはいかない。

おうちに帰してあげなければ。

信じられるのは、自分だけだ。




「私を信じて、みんな」




背に添えられた温もりがぐっと熱くなったのを感じた。




「信じてるよ」

「シカク……」

「信じてる。ここに来てから、ずっと」




いつの間にかシカクは泣き止んでいた。ほかの子どもたちもうなずき合う。




「……ありがとう」




身体を蝕むあらゆる苦痛を、きれいさっぱり忘れられる気がした。

脈拍が安定していく。


大丈夫。本当に、大丈夫。

行ける。


マルは足腰を踏ん張って立ち上がった。身のこなしの器用さに唖然とするシカクをよそに、扉付近まで近寄り、看守に話しかける。

ぽつぽつと連なる音はとても拙く、不自然で、それでいてたしかにその土地に伝わる特殊な言語だった。マルはリスニングだけでなく、日常会話レベルならスピーキングもできるようになっていたのだ。このことはボスたちも知らない。知られないよう必死に隠してきた、切り札のようなものだ。

しばらく会話を続けていると、急に看守が取り乱した様子で走り出した。螺旋階段を使って地上へ姿をくらましてしまう。




「ま、マル、なんて言ったの……?」

「うん、ちょっとね」




ボスが隣の島に行く前に看守の家に寄るって言ってたから、もしかしたら妻子が危ないかもしれない。というハッタリにまんまと騙された結果がこれだ。ボスにいじめられた暴行跡がよけいに焦りを煽ったのかもしれない。

嘘をついたことは申し訳なく思うが、その隙に鍵をゲットできた。いつも同じポケットに入れているのを、マルは抜け目なくチェックしていた。


ギィ……。檻が、開いた。




「行こう、みんな」




ついに、このときが来た。

14人で牢を脱した。水や血に濡れた足跡がついたが、そんなのいちいち気にしていられない。階段を駆け、ボスの居住区を抜け、裏口の引き戸からくぐり抜けて外に出た。


空は、赤く染まっていた。地下牢とはちがう、鮮やかに澄んだ色だった。空気は肌寒いが、清々しくて心地よい。

だが、子どもたちの顔色はいまだ晴れない。


じきに日が暮れる。村人に見られないよう森にまぎれながら、先を急いだ。

海のある方角を目指した。井戸水を汲む際、言語と並行して村周辺の土地勘も地道に養ってきたマルは、迷いなく子どもたちを率いる。

ぶら下がった右腕をおさえ、膨れ上がった足を引きずりながら歩く。そんなマルのそばにはずっとシカクが付き添っていた。だからかマルは安心して前を向いていられた。


潮の匂いを頼りに進んでいくと、どこからか慣れ親しんだ言葉が聞こえた。日本語だ。日本の警察が、近くにいる。

森林の奥に光が見えた。

マルたちの足取りは自然と軽くなる。




「助けて……っ」




早く。速く。




「助けて……!」




ここにいるみんなのことを。

ここにはいない、被害者を。