これで成瀬の相手は、実質ひとり。より集中しやすくなった。

イヤホンから汰壱の声が届く。




『ミスターナルセ、お待たせしました! パターン読込、シミュレーション準備完了。只今よりミスターナルセを援護させていただきます!』




風は、神雷に吹いている。




『まずは右ストレート!』

「了解」




予想どおり、髭面の男は右拳を握りしめていた。

女王に指一本触れさせないことだけを意識し、成瀬は攻撃をいなしていく。




『次は、左! フェイクをかけながらのボディーブロー! また左!』




汰壱の指示は的確で、とても戦いやすい。

敵の軸足が使い物にならなくなったのも、先手を読みやすい要因のひとつだろう。


だがその程度では戦闘狂の心は折れない。逆境こそ本気を出してくる生き物だ。

きっとまだ何かある。




『次、上から来ます!』

「上……!?」




本当に、上から襲いかかってきた。

ガラスの破片の貫く足が、さらに壊れようとかまわず、むしろ酷使して仕掛けてくる。


成瀬は反射的に面を打ち、すんでのところで追い返す。その反動でバランスが崩れる。

対照的に、男の着地は完璧だった。二度ほど震えた発砲音をスターターピストル代わりに、男は地を蹴り押し迫る。


転倒してしまった成瀬は、急いで立ち上がろうとする。




「円、伏せなさい」




うしろからのコマンドで、成瀬の体は勝手に屈んだ。


二度発砲された銃弾のうち、ひとつは、姫華のナイフによって相殺。

そしてもうひとつは、姫華の金髪を突き抜け、成瀬の黒髪の真上を吹き抜け、髭面の男の肩に衝突した。


今しかない! 成瀬は起き上がり、木刀を持つ手に力をこめた。

ふらつきながらも根性で立ち続ける髭面の男に、助走をつけて腕を振りかざす。削れた刃先で男のみぞおちを突き上げた。




「う゛っ、あああぁぁっ!!」




血だらけの体が倒れていく。

次第に絶叫は枯れていき、やがて力尽きたように気を失った。


……残すは、ターゲットのみ。




「チッ、雑魚が。役に立たねえな」




ターゲットの男は利用価値のない仲間以下の二人を蔑視し、焦燥をあらわにする。

けれどもすぐに、いいや、ちがうな、と思い返した。


思えば最初から、筋書きは決まっていたようなものだった。

花火でかく乱させ、武器をひとつ減らし、標的を間合いに入れながら、三人の位置をある程度分散させる。そうやって、せっかく雇った盾を、盾として活用させず銃撃戦に持ちこんだのだ。

認めよう。相手が一枚上だった。


銃弾の数もあとわずか。警察の到着時間も考えると、真っ向からやり合うのは時間の無駄。

どうしたものかと窺いつつ、少しずつ距離を取っていた。



そのとき。


バリバリバリ……!


姫華の持つナイフの刃が、砕け散った。

何発も銃を受けたのだ。安物のステンレスにしてはよく持ったほうだろう。