殺陣の稽古は散々やってきたけれど、戦闘の経験値には直結しない。
そもそも、殺陣とは、相手と息を合わせて作り上げるパフォーマンス。
今日の撮影では、事務所の後輩であるRIOとともに白熱した戦闘シーンを繰り広げた。
だが、結局は演技だ。
パターンを熟知しているから対応できる。
しいて口先だけならいざ知らず、予測不能な現実において、殺陣のアドリブを使いこなすにはそうとうな鍛錬が必要になる。歴戦の猛者が相手ならばなおさらだ。
今の成瀬では、パワーもスキルも敵わない。
負け戦だとわかりきっていたのに。
(くそ! くそ! くそっ……!!)
ドラマ撮影で感じたことのない屈辱感に打ちひしがれた。
無力な弱者。
いくら傷を負っても、痛いだけ。
そう簡単に強くはなれない。
おそるおそる顔を上げると、白いジャケットが目に留まった。
女王の、偉大なる背。
ボロボロでくたくたな新入りを心配する素振りなく、ターゲットとやり合っている。
服に汚れひとつ見当たらない。
なんて美しい純白。
どこをどう見ても、新入りが護る必要性は感じられない。
(でも……)
ここに来たのは、自分の意志だ。
自分の足で、今、立っている。
護らなければ、と、思ってしまう自分がいる。
『あなたはそれで私を護りなさい』
『私のそばが、一番安全だからよ』
『あなたが死ぬことは絶対にないわ』
護るとは、何か。
どうするのが最善か。
(考えろ……考えろ、俺!)
成瀬は一歩踏み出した。
姫華の邪魔にならない程度の距離を保ち、姫華に背を向ける。トンネルの中心、二人は対のように立ちはだかる。
成瀬はそこから動こうとしなかった。
(全部は無理でも……護ってやる。その、背中だけは)
成瀬の顔つきが、変わった。
眼光がすぼめられ、凄味が増す。
まるで本物の侍のように。
「……そう、それでいいのよ」
姫華はうしろを見ずとも、すべてを悟り、背中を預けた。
成瀬のいる位置は、ちょうど姫華の守備範囲内。
安心安全な、手のひらの上。
伝えた言葉に嘘はない。
先ほど成瀬の一手によって地面に落とされたナイフを横目に捉えつつ、姫華はターゲットからの銃撃を手持ちのナイフで弾く。銃弾は方向を変え、地面に転がるナイフに当たる。その衝撃で宙に浮いたナイフを、姫華は華麗にキャッチした。
強気な笑みを浮かべ、二本目となるナイフを投げるモーションに入る。
警戒態勢に入る、指名手配のターゲット。
だが、なぜか、ナイフは明後日の方向に放られた。
(ハッ、下手くそ。どこに飛ばして……)
「ぐあああっ!!?」
突如、野太い悲鳴が上がった。
ターゲットの男は、目を疑った。
投げられたナイフは、パーマの男の利き手を明確に貫通していた。刃先はコンクリートの壁に埋まり、身動きがとれない。
畳みかけるように坑門から弓矢が連投され、男の服を器用に打ち抜いていった。もう自由はない。
(この女いったい……)



