姫華は目にも止まらぬ速さでナイフを振り下ろした。銃弾がきれいに切り裂かれる。
横からくるパーマの男の拳を避けると、タイミングよく弓矢が駆け抜ける。もじゃもじゃな髪を矢先に絡めとった。
髭面の男にロックオンされたのは、成瀬だ。さっきガラスの破片で足を負傷したことを根に持っているのだ。
男は足を引きずりながら、ナイフを自分の手そのもののように操る。
とにかく成瀬は木刀を構えた。
ガッ、と刃先同士が交わる。
木材VSステンレス。
木刀の成瀬が圧倒的に不利だ。
「まだまだぁ!!」
「くっ……!」
血だらけな足は、何のハンデでもない。戦闘狂特有のハイ状態で、痛覚が麻痺している。
『ミスターナルセ! 聞こえますか?』
突如イヤホンが鳴り出した。が、返事をする余裕はない。
『敵の動きを声に出しながらかわしてください。キミのGPSの動きと合わせ、こちらで行動パターンを推測します!』
(んなこと言われたって……!)
攻撃をいなすのに精一杯で、頭が働いていない。
ほぼ反射。気づいたらナイフが目と鼻の先まで来ている。ドラマの稽古で体に刷り込んだ受け身で、首の皮一枚つながっている状態だ。
それに加えて動きをちゃんと追うとなると、防御が一瞬遅れてしまう。
(でも……やんねえと……!)
何ひとつ、護れない。
頭上から降ってくるナイフに、成瀬はふっと肺を膨らませた。
「う、上……!」
かろうじて木刀で受け流す。
髭面の男は遊び足りなそうに二度三度追撃を重ねる。
「み、右! 右! うわっ、な、ななめ……!」
「なになに実況? 楽しいよねわかるぅ」
「ひ、だりぃ……っ」
楽しくねえよこんにゃろう! と歯を食いしばりながら、成瀬は刃先の軌道に全神経を尖らせる。
刹那、みぞおちに激痛が襲った。
「っぐは……!」
「ふところがら空き。お疲れぃ」
男の拳がみぞおちをえぐる。
ナイフにばかり気を取られ、ほかの攻撃手段を考えていなかった。
前かがみになってよろめく成瀬に、ナイフでとどめを刺しに行く。
成瀬は膝をつきながらも木刀を横に構え、ナイフを受け止める。刀身のど真ん中に、鋭利な刃が食いこむ。徐々に体重をかけられ、メキメキと峯が軋んでいく。
「おらおらおら!!!」
「グッ……し、正面んん……!」
両足も使って木刀を支え、なんとか跳ね返す。
木刀からナイフが引っこ抜かれる。男は一度体勢を立て直し、瞬時に距離を詰めた。
(次の攻撃は……)
成瀬は男の両手を確認する。しかしどちらにもナイフがない。
ハッとして上を仰ぐと、ナイフが弧を描くように飛んでいた。パーマの男のほうへと。
(ここで武器のチェンジ!?)
やばい! と全身に電流が走ったように成瀬は駆けだす。
髭面の男は当然阻止しにかかる。成瀬の背中を勢いよく蹴り上げた。
「行かせるかよ!」
「カハッ……」
胃液まじりに咳きこみながらも、成瀬の足は止まらなかった。腕を大きく振って、木刀の先端でナイフを叩き落とすことに成功する。
ほっとしたのも束の間、パーマの男が迫ってくる。
成瀬はがたつく足を奮い立たせた。ドラマで演った殺陣を思い返す。脳内シミュレーションをバッチリに、雄叫びを上げながら切りこみにいった。
が、難なくよけられてしまう。木刀の横から男の拳が出現し、成瀬の黒マスクをかすめた。
髭面の男までもが近づいてきていた。
成瀬が立ちすくんでいると、弓矢が援護射撃しに飛んできた。男の深手を負う足をずばっと射抜く。
(あ、危ねえ……助かった……けど)
ずっと、押されている。
いっこうに攻撃ターンが来ない。来ても簡単に無効化される。
覆せない劣勢。
ドラマのようなことは起こらない。



