イヤホンから23時の鐘の音が響いた。
着火したねずみ花火が、トンネル内に放り込まれる。
「うわ!?」
「なんだ!?」
「花火!?」
騒がしい声が、3つ。
飛び散る閃光が、男たちの影を鮮明に浮かび上がらせる。
不自然なズボンのふくらみ、乱雑に置かれた懐中電灯、飲み明かした空き瓶の数々。
何ひとつ見逃さない。
ズボンのポケットの厚みと形から、ターゲットの中年男性が銃を、仲間二人がナイフを所持していると思われる。
状況の共有をしつつ、花火が散ってしまう前に、姫華と成瀬はトンネル内に踏み入れた。
まずもって銃を横取りすべく、姫華はすばやく間合いを詰めた。ターゲットのポケットに手をかすめた、直後。
「何者だ!?」
さすが元紅組、花火で視覚がやられた状態のまま、姫華の腕をつかみ止めた。
姫華はすぐに目的変更。回し蹴りをし、わざとターゲットにガードさせることで、腕から手を離させることに成功した。次いで、近くにいた仲間の男の脇腹を殴打しながら背後を取り、ナイフを盗み取る。
その間、成瀬はもうひとりの男に挑みに行っていた。
ねずみ花火を避けることに必死な千鳥足を、木刀で思い切り払いのける。
尻もちをついた男は、感覚のままに、手元にあった石をぶん投げた。成瀬はあとずさりながら、間一髪木刀で跳ね返す。さらに数発、小石が飛んでくる。かわしている隙に、男が差し迫ってきた。
「円! 下がりなさい!」
突然、姫華からの命令。頭より先に体が動き、数歩距離を取る。
成瀬と敵の間を縫うように、弓矢がびゅんっと音を立てて通り過ぎた。
パリンッ!
焼酎の瓶が粉砕した。男の足にガラスの破片が突き刺さる。
(うわあ、やっぱ神雷すげえ……)
感心してしまう成瀬とは裏腹に、痛みとともに目の冴えた3人の敵は、イライラを募らせていた。
「ガキ……?」
「チッ、ナイフ持ってかれた」
「何しに来やがった!」
「悪党退治」
クリアに反響する、ヒールの音。
真っ赤な口が、ニヒルに嗤う。
「身に覚えがあるでしょう?」
頼りなげな懐中電灯の明かりが、ナイフの刃を滑った。
「……ただのガキじゃねえな」
グループチャットに載っていた写真と同じ顔の中年男性は、今さっきまで動じていたのが噓のように冷静だった。
相手がひとまわりも下のガキでも、いたずらとして流さない。ちゃんと本質を見抜いている。極悪非道な紅組で、三銃士というイキった名称の幹部だっただけある。
正直、神雷側としては、甘く見てもらったほうがやりやすかったけれど。
「よくここがわかったな」
「あなたがやらかしてくれたおかげよ」
「ハッ、言ってくれるねえ」
「じきに警察も来るわ。さっさとお縄につきなさい」
初手から深く噛みつく姫華に、成瀬は内心焦りちらかしていた。
(え? え? んな挑発していいの? こいつら怒るんじゃ……)
なぜか、ターゲットは笑った。
「んじゃ、来る前に殺んねえとな?」
ポケットから出された銃が、カチャリと構えられた。
(ですよねー!!!)
最悪な修羅場に、一周回って成瀬も笑えてきた。表情筋が大変なことになっている。マスクをしていてよかったと本気で思った。
言わずもがな姫華は微動だにしていない。むしろ、向けられた銃に、興味深そうに目を細めた。
「その銃、もしかして……」
おそらく、オートマチック型のハンドガン。わずかにカスタマイズされた形状には、見覚えがあった。昨日、たまり場を襲撃してきた輩が持っていた銃と、まったく同じだ。
ひとつの推理が整った姫華の反応に、ターゲットの仲間二人も察しがついてしまう。
「ああ、そうか、お前らか。武器の流通を調べてるって奴ぁ!」
「ひゃはっ、ラッキー。ちょうどいいぜ。ついでに金儲けするか」
髭面の男とパーマの男が、目の色を変えて飛びかかる。
ほぼ同時に、パァン! と銃声がうなった。



