山道の途中で下車した。ここから500メートル先のトンネルへ歩いていく。

トンネルは土砂崩れに遭ったときのまま放置され、坑門の片方は塞がっている。もう片方も半分は土砂で埋まっているが、ぎりぎり人がひとり入れるほどの隙間が空いている。


生い茂った木々に身をひそめながら、イヤホンを片耳だけつけ、各チームと連絡を取った。




「私よ。到着したわ」




ほか2チームからも現着の報告が来る。

ビルは、白。勇気のチームが向かった廃校には、人の気配あり。ただ、何者かはまだわからないようだ。

汰壱がたまり場で情報を管理しながら、姫華チームの状況も尋ねた。




『女王様のほうはどうですか?』

「……いるわね」




トンネルから声はしない。が、物音が反響していた。

耳をすますと、いくつかの足音を拾い取れた。




「一人じゃない。何人かいそうね」

『ターゲット本人ですか?』

「確認してみるわ」




暗視ゴーグルをかけた姫華は、ふっと笑みをこぼした。




「当たりのようね」

『Oh,nice!』

「でも、廃校にいるのが無関係とは限らないわ」

『そうですね、身柄拘束が無難でしょうか。ビルに行ったチームは、各チームの応援と警察への報告を』




汰壱は迅速に指示を出したあと、トンネルの構造について端的に説明してくれた。




『そこは、歩道用に造られた山岳トンネル。全長50m弱。逃げ道は、土砂の隙間のみ。もしも潜伏期間中、反対側の坑門に逃げ道を掘っていた場合、完成している確率が高いですね。そうであれば土や草でカモフラージュしていると思われます』




聞いてすぐ、姫華はバットを持つ野球少年に裏手に回るよう命じた。




『集落近辺のコンビニのセキュリティーカメラをチェックした限りでは、大金の入ったボストンバッグはあり、武器はなし。ですが、仲間と合流後に入手している可能性があります』

「そうね……ここからでは武器の有無までは確認できないけれど、紅組の三銃士ともあろう方が丸裸でいるとは考えにくいわ」

『何かしらの手は備えていそうですよね。違法賭博では人を騙したり売ったりしながら大金を持って逃げ切ったらしく、今回も仲間を盾にした戦法が想定されるかと』

「わかったわ。ありがとう」

『とんでもございません! サポートはお任せください! 携帯のGPSや音声などからも情報を割り出してみせます!』




Good luck! と言い残し、一旦通信が切れた。


作戦上、人の気配のあった隠れ家候補はすべて、23時ぴったりに突撃する手筈になっている。それぞれの拠点に隠れる輩全員につながりがある場合、応援に来られて多勢に無勢になるのを防ぐためだ。

予定時刻まで、あと10分。

弓使いの少年は持ち場に移動した。




「円、私たちはこっちよ」




姫華に先導され、成瀬は忍び足でトンネルに接近した。ドロドロに固まった土砂に沿いながら、一歩ずつ細長い穴にすり寄っていく。

すると、姫華が何かを取り出した。




「そ、それは……?」

「ねずみ花火よ」

「はい?」




成瀬の顔にはありありと、意味不明の4文字が表れている。




「な、なんで」

「目くらまし、状況把握、先制攻撃。ね? 意外と使えるでしょう?」

「誰がそんなイカれたこと思いついたんだよ……」

「汰壱よ」



(こっわ……。頭使うの絶対ここじゃねえ……)




楽しい遊び道具が、新種の爆弾のように見えてくる。

こんな用途で使われる日が来るとは、ねずみ花火の開発者も想像していなかっただろう。良い子はけっして真似してはいけません。




「時間になったらこれを投げるわ。武器の確認をしつつ、隙を突いて倒すわよ」

「……了解」

「ちなみに、戦闘経験は?」

「殺陣をちょっと。でも、実践はない」

「そう。なら本番一発勝負ね」

「スパルタ……」




黒マスクの下で、成瀬の唇は紫色になっていた。山の寒さにやられた、だけではもちろんない。

トンネルの中に、紅組の残党がいる。

神雷の洋館を訪ねるとき以上の恐怖に、頭が真っ白になっていく。


かじかむ手を擦って暖を取れば、ふと、マッチ棒に火がついた。




「安心なさい」




闇夜に覆われた山中に、めらめらと赤く芽吹いていく。

前だけを見据える姫華の眼が、ぎらり、輝いた。




「あなたが死ぬことは絶対にないわ」