一方、姫華チームは早くも車移動をしようとしていた。
エンジンがかかった、そのとき、ストップをかけられる。玄関先に停められた4人乗りのスポーツカーに、ばたばたと乗りこんできたのは、ほかでもない成瀬だ。
「あら。結局来たのね」
「はぁ、はぁ……勝手に置いてくなよ……」
チームメンバーは、全部で4人。これで無事に満席だ。
助手席に座る姫華は、ミラー越しに成瀬を見やる。
衣装部屋の一番手前にあった服を適当に選んだせいで、全身迷彩というサバゲ―のプロみたいなコーデになっていた。身バレ対策の黒マスクでよけいに怪しい。
普段自分のことは無頓着で、時間もなかったので、もういいやと出てきてしまったが、運転席と隣の席からクスクスと抑えきれない笑い声が聞こえてくる。
今月3本も雑誌の表紙を飾った、カリスマモデルとは思えない。
「すてきな服ね」
「……まじで言ってる?」
「もちろん。目的地にぴったりだわ」
姫華チームは、隠れ家候補のうち最も有力な、県境にあるトンネルに向かう。
山々に囲まれた集落の近くにある、そのトンネルは、めったに利用されることはない。近年頻繁に起こった土砂災害により、完全に封鎖されてしまった。
そもそも集落は過疎状態であり、トンネルまで使用されなくなると交通量も激減する。逃亡先には絶好の場所だ。
ほかの2つの候補も、南にある廃校やペーパーカンパニーの入ったビルといかにもな雰囲気がある。そのなかでも、とりわけ情報を与えずにやり過ごせそうなのは、やはりトンネルだろう。
現に、先ほど送られてきた現在の男の写真は、集落方面にあるコンビニで捉えられたものだ。
一番濃厚であるとはいえ、人気の少ない場所に大勢で押し寄せては勘づかれてしまう。
だからこその、少数精鋭。
その大事な一枠に、新入りの成瀬が抜擢されたのは、成瀬自身ふしぎに思っていた。
「あの……俺は、何すりゃいいの」
「作戦を聞いてなかったの?」
「……はい……」
「武器は持ってきたわよね?」
「まあ、一応」
衣装部屋に隣接した武器コレクションには、多種多様な武器が保管されていた。何を持っていくべきか迷った結果、今、成瀬の手にあるのは、いつもの木刀だった。
武器をレベル分けすれば、おそらく木刀は弱い部類に入る。仕方がない。使い慣れていないものを、いきなりうまく扱えるわけがないのだから。
ドラマ稽古で使い古されたコレが、一番手にしっくりくる。
「あなたはそれで私を護りなさい」
「俺が!?」
想像以上に責任重大な役割で、成瀬はあわてふためいた。
「ほ、ほかの二人は何を!?」
「遠距離攻撃を任せてあるわ」
運転席には弓矢、隣の席には野球ボールとバットが忍ばせてあった。
「俺が木刀だから近接戦闘担当に……」
「いいえ」
「ちげえの?」
「私のそばが、一番安全だからよ」
成瀬が姫華を護る。それは同時に、姫華が成瀬を護ることを意味する。
あくまで、成瀬の責任は、姫華の責任。
女王としての務めであり、強さゆえの最適解である。
それを当たり前のように言ってしまえることに、成瀬はどう反応すればいいのかわからなかった。納得、困惑、脱帽、どれもちがう気がする。
女王は、完璧だ。無敵だ。そして、孤高だ。
近くにいるのに、遠くに感じる。まるで夜空に昇る月のように。
(俺に護れるのか……?)
記憶の片隅で、迷惑をかけるなと叱責する声がリピート再生された。そのせいか成果なく終わる未来しか浮かばない。
不安を抱きながらも、車は順調に進んでいった。



