成瀬は言葉を失った。乾燥した口からは、不規則な息遣いしか出てこない。
ウェーブがかった金髪が、さらりとなびく。
返事を待たずに姫華は背を向けた。反射的に追いかけようと成瀬の足が動く。
しかし……
「Stop. ミスターナルセ、そこまでです」
「出しゃばんじゃねえよ」
左右から伸びた腕に、止められた。
左には困り顔の汰壱、右には呆れ顔の勇気。W副総長が、阿吽の呼吸で行く手を阻んだ。
また勇気の説教タイムが始まるかと思われたが、さっきとちがい、今の勇気には理性があった。
「覚悟がねえなら、汰壱の補佐をしてやってくれ」
どこか諭すような言い方。
不良らしさよりも、役職持ち然とした気迫がある。
虚を衝かれた成瀬は、黙ってうつむいた。
(覚悟? そんなもの……っ)
かすかに感触の残る手を、強く握り締めた。爪が刺さってもかまわずに。
見かねた汰壱が、そっと成瀬の顔を覗きこむ。
「このミッション、実は最初、女王様だけで為されていたんですよ」
「……え? ひとりで?」
はい、おひとりで、と汰壱の眉尻がぺたりと下がる。
「自分の仕事だからと言って聞かなくて」
「でも俺らは、そうやって蚊帳の外にされんのがすっげえ嫌だった。女王のためなら、なんだってできる。だから勝手に協力してた」
勇気は汰壱と顔を見合わせ、小さくほほえんだ。
「女王様が頼ってくれるようになったのは、本当に最近のことです」
「みんな、喜んでる。女王と一緒に戦いに行けることを」
すべて、彼らが、仲間が、望んだこと。
空よりも広く、海よりも深い、忠誠心。
背中を預けてもらえる喜びは計り知れない。恐怖なんか吹っ飛んでしまう。
だから神雷は、最強で、最凶なのだろう。
「お前は?」
不意に勇気が成瀬を見据えた。
「お前はどうすんの」
思わず成瀬は身をすくめた。爪痕の刻まれた手が今になって痛み出す。
バクバクと血流を鈍らせる心臓が、全力で拒絶していた。
だけど、わかっている。
どうせ逃げられないのなら、選択肢はひとつ。
「……行く。行くよ」
自嘲気味に口角をこわばらせた。
勇気は目を眇め、ワックスの湿る髪をかき上げた。
「あっそ。……その恰好でか」
「へ?」
撮影が終わってすぐに着替えた、西高の制服。ネクタイを結ぶ余裕がないわりに、防寒対策だけはしっかりとしている。
「制服のままじゃ、バレたとき面倒だぞ」
「あー……」
「手持ちの服がなければ、上の階に衣装部屋があるのでぜひご利用ください。武器のコレクションとかも置いてありますよ」
「あ、ありがと」
部屋の場所を教えると、すぐに成瀬は行ってしまった。
急いで階段をのぼっていく姿を眺めながら、副総長二人は密かに話を続けた。
「あいつ、意外と根性あるよなあ」
「そうですか?」
「うわ、辛口」
「それはユーキのほうでしょう」
「普段愛想のいい奴が腹黒なほうがダメージでけえぞ」
「ボク別に腹黒じゃありません」
「そうですか?」
「ユーキぃ!」
「ククッ、図星だろ」
「No! そう言ったのは、見解にちがいがあるからで」
「なんだよ」
「……根性というより、執念ではないかと思っただけです」
「ふーん。執念、ねえ」
「ただの勘ですが」
「おもれーじゃん」
勇気は愉快に鼻歌を漏らしながら、軽く伸びをする。そのまま汰壱の手を借りてストレッチをしておいた。
最後に、お互いにお互いの背中を叩く。ばちんっと気合いが入った。
タブレットを起動した汰壱、エアガンを装備した勇気は、それぞれのチームへ合流し、最終確認を始めた。



